第三章

綾瀬茉莉は一瞬にして引き戻された。

頭皮全体に焼けるような痛みが走り、男は罵詈雑言を吐き続けながら、綾瀬茉莉の頭を掴んで横の車に叩きつけた。

「きゃっ!」

額から強烈な痛みが炸裂し、綾瀬茉莉は立っていられないほどの激痛に襲われた。傷口から血が流れ落ち、視界を赤く染めていく。

男は凶悪な声で言った。

「その顔に免じて手加減してやってたのによ! 図に乗りやがって。俺の金を受け取っておきながら、知らんぷりするつもりか!」

綾瀬茉莉は必死に抵抗し、悔しげに彼を見上げた。

「金を受け取った奴のところに行けばいいでしょ!」

「知るか、俺が欲しいのはお前だ! 数百万であのかつて栄華を極めた綾瀬家のお嬢様が手に入るんだ、こんな安い買い物が俺のところに転がり込んでくるとはな!」

そう言う男の目は、すでに欲望でぎらついていた。

綾瀬茉莉は歯を食いしばり、全身の力を振り絞ってもう一度逃げようとした。

だが、男はもう綾瀬茉莉にチャンスを与えなかった。車のドアを乱暴に開け、彼女を中に押し込もうとする。

綾瀬茉莉は必死にドア枠にしがみつき、抵抗した。

男と女では生まれつき力の差がある上、先ほどの衝撃で頭がくらくらしていた。

綾瀬茉莉は辛うじて顔を上げ、周囲を見渡した。

彼らの騒ぎはすでに多くの通行人の注意を引いており、写真を撮っている者さえいた。

綾瀬茉莉は懇願した。

「お願い、助けて! この人は人身売買業者よ、私はこの人を知らないの!」

「このアマのデタラメを聞くんじゃねぇ! こいつは俺の結納金を受け取った俺の女だ! さっさと乗れ!」

男は我慢の限界に達し、綾瀬茉莉の腕を掴んで無理やり車内に押し込もうとした。

綾瀬茉莉の心は絶望で満たされた。

なぜ神様は、こんなにも意図的に彼女を苦しめるのか?

綾瀬茉莉がもう耐えきれないと思ったその時、突然横から人影が現れ、次の瞬間、男が蹴り飛ばされた。

綾瀬茉莉は全身の力が抜け、地面にへたり込んだ。辛うじて顔を上げると、目の前に霧生澪が立っていた。

彼女の心が小さく震えた。

まさか、また彼だなんて。

霧生澪は無表情だったが、その瞳には依然として冷酷さと、抗いがたい威圧感が満ちていた。

ただそこに立っているだけで、直視することを躊躇わせる。

男は蹴り飛ばされて無様に転がったが、起き上がると罵りながら掴みかかろうとした。

「どこの馬の骨だ? 俺に手を出すなんざ、死にたいのか?」

彼がそう言い終わるか終わらないかのうちに、霧生澪の殺気に満ちた視線とぶつかった。

その目には温度がなく、まるで死人を見るような、あるいは地を這う蟻を見るような目だった。

男は瞬時に腰を抜かし、地面にへたり込んだ。

「霧生社長……! お、俺の目が節穴でした、まさかあなた様だとは!」

霧生澪は無表情で彼を見下ろした。

「誰の女に手を出している?」

その言葉が、綾瀬茉莉の耳元で炸裂した。

霧生澪は彼の影響力を使って彼女を守り、彼女に自分の所有物としての烙印を押したのだ。

男は目を見開き、恐怖に震え上がった。

「綾瀬さん、綾瀬さん、俺が悪かった! 魔が差したんだ、あんたのバックに霧生社長がついているなんて知らなかったんだ。頼む、今回だけは見逃してくれ!」

綾瀬茉莉は顔に流れる血を拭い、男が狼狽して命乞いをする様を見て、ふと強烈な皮肉と滑稽さを感じた。

さっきまで悪意に満ちていたその顔が、今は恐怖に歪んでいる。

そのすべては、霧生澪の一言によるものだ。

これが権力の影響力だ。

霧生澪と少しでも関わりがあれば、この街を我が物顔で歩ける。

なら、私も霧生澪に頼ることができるのだろうか?

綾瀬茉莉は強く拳を握りしめ、冷たく言い放った。

「あなたの金を受け取った人のところへ行きなさい。二度と私の前に現れないで」

霧生澪が背後のボディガードに目配せすると、彼らは迅速に動き、男を引きずっていった。

目の前の危機は辛うじて去ったが、綾瀬茉莉にはもう何の力も残っていなかった。視界が歪み、世界が回転する。

彼女の体は力を失い、前へと倒れ込んだ。

無様に倒れるかと思ったが、彼女は広く力強い、微かに松柏の香りがする胸に受け止められた。

霧生澪の肩は格別に広く、まるでそびえ立つ山のように、すべての風雨を遮ってくれるようだった。

「ありがとうございます、霧生社長」

綾瀬茉莉は苦しげに口を開き、体を支えて霧生澪の腕から離れようとしたが、足元はふらついたままだった。

霧生澪は着ていたジャケットを脱いで綾瀬茉莉の肩にかけると、そのまま彼女を横抱きにした。

「病院へ送る」

綾瀬茉莉は何か言おうとしたが、次の瞬間、意識は闇に飲み込まれた。

綾瀬茉莉が次に目を覚ましたのは、翌日の早朝だった。

天井を見つめ、額の手当された傷口に触れながら、彼女の目はまだ呆然としていた。

霧生澪に、二度も助けられた。

その時、病室のドアが開き、シャツとスラックス姿の霧生澪が入ってきた。

綾瀬茉莉は彼の胸元に付着した血痕と服の皺を見て、ある突飛な考えが頭をよぎった。

まさか霧生澪は着替えもせず、一晩中ここで彼女を見守っていたのだろうか?

霧生澪は深い瞳で綾瀬茉莉を見つめた。

「目が覚めたか。どこか具合の悪いところはないか? 医者に診させよう」

「だいぶ良くなりました。ありがとうございます、霧生社長」

綾瀬茉莉の手がそっと布団を掴んだ。

「昨日、あなたが突然現れてくれなかったら……」

彼女は言葉を切り、顔を上げて霧生澪をじっと見つめた。

「あなたへのご恩は一生忘れません。今後、私にできることがあれば、何でも言ってください」

霧生澪は適当に頷いただけで、その約束など気にしていないようだった。

「仕事があるから行く。ゆっくり休め。医療費は支払い済みだ」

綾瀬茉莉は誠実に言った。

「口座番号か連絡先を教えていただけませんか? 医療費はすぐに稼いで返します」

霧生澪はポケットから黒い箔押しの名刺を取り出し、綾瀬茉莉に渡して淡々と言った。

「行くぞ」

「はい」

綾瀬茉莉はベッドに座り、その名刺を強く握りしめた。

「霧生澪」という三文字は彼自身のサインのようで、筆跡は力強く、角張った部分には力が漲っていた。

まるで彼自身のように。

綾瀬茉莉は名刺をしまうと、傍らの椅子に無造作に置かれたジャケットに目をやった。霧生澪のものだ。

心の奥底に漂っていたある考えが、この瞬間、確固たる決意に変わった。

綾瀬茉莉は午後には退院手続きを済ませた。額に傷があるため、ここ数日は店のバイトには行けない。

彼女はジャケットをクリーニング店に出し、手にはずっとあの名刺を握りしめていた。

少しの躊躇いの後、彼女は携帯電話を取り出し、ある場所へ電話をかけた。

「先輩、お手数ですが、霧生澪のスケジュールを調べてもらえませんか?」

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