第四章

「分かりました」

電話の向こうで、先輩の墨谷蓮は一瞬だけ躊躇ったが、すぐに承諾してくれた。

綾瀬茉莉はその名刺を大切にしまった。

自分の小さなアパートに戻ろうとした時、叔母から電話がかかってきた。

「綾瀬茉莉、ちょっと家に来なさい」

叔母の冷たい口調には、命令めいた響きがあった。

綾瀬茉莉は深く息を吸い込んだ。

目をつぶっていても、叔母が何のために呼んだのか想像がついた。吊し上げだ。

電話の向こうから、叔父の少し弱々しい声が聞こえてきた。

「茉莉、一度戻ってきてくれないか」

綾瀬茉莉の瞳に複雑な感情がよぎった。

「……分かったわ」

幼い頃から彼女を可愛がってくれ、家が没落した後も唯一石を投げてこなかった叔父に対しては、綾瀬茉莉も心を鬼にできなかった。

綾瀬茉莉がドアをノックして開けた瞬間、頭ごなしに罵声が飛んできた。

「あんた、柳生社長に何をしたの!?」

叔母が腰に手を当て、威圧的に彼女の前に立っていた。

昨日のあの脂ぎった男は、柳生という名前だったのか。

綾瀬茉莉は冷ややかに彼女を見つめ、一言も発しなかった。

叔父と従妹の綾瀬空がソファに座っていた。前者は忍びなさそうな目で、後者は他人の不幸を喜ぶような顔をしている。

「柳生社長は養殖業の大手で、資産も相当なものなのよ。あんたの話を聞いて、二つ返事で結納金をくれたの。どれだけあんたを気に入ってたか分かるでしょ!」

叔母は綾瀬茉莉を指差して罵った。

「それなのに! 大人しく相手の家に行かないどころか、暴力を振るうなんて!」

「知ってる? 柳生社長、あんたにやられて半身不随になったのよ!」

半身不随?

綾瀬茉莉は眉をひそめた。霧生澪……そんなに手酷くやったのか?

だが、それを聞いて胸がすく思いだった。

綾瀬空が軽薄な口調で口を挟んだ。

「ねえ堂姉さん、女の子なのに、随分と手荒なことをするのね。そんなんじゃ、この先誰も貰ってくれないわよ?」

「私、その柳生社長って人、堂姉さんにお似合いだと思うけど」

「だって今のあなたはもう綾瀬家のお嬢様じゃないんだから。買い手がつくうちに、高望みはやめたら?」

綾瀬空の口元には嘲笑が浮かんでいた。

叔父が横から彼女を睨んだ。

「空、茉莉にそんなことを言うな!」

「だって間違ったこと言ってないじゃない!」

綾瀬茉莉の口元に冷ややかな弧が浮かび、声は氷のように冷たかった。

「そんなに嫁ぎ先が心配なら、あなたが彼に嫁げば?」

「なんで私がそんな……」

綾瀬空が言いかけたところで、綾瀬茉莉の軽蔑しきった表情が目に入った。

「どうしたの? 従妹自身も嫌がるような相手を、私に押し付けるつもり?」

綾瀬空と叔母は陰で彼女をいじめることしかできず、表立って対立することは避けていた。

結局のところ、彼女を「引き取る」という名目で、財産の一部と名声を手に入れたのだから。

「当初、親戚たちの前では私の面倒をよく見ると言って、財産の一部を受け取ったわよね。もし親戚たちが、叔母さんが私をこんなふうに扱っていると知ったら、その分を返せと言うかもしれないわね?」

親戚たちが彼女の味方というわけではないが、綾瀬家の名誉に関わることや、彼女が路頭に迷うことを懸念してのことだった。

叔母の顔色がさっと青ざめた。

せっかく手に入れた財産を奪われるなど、絶対に御免だった。

「空、黙りなさい」

叔母が娘を叱責し、綾瀬空は唇を尖らせて不満げにした。

「とにかく、あんたが柳生社長を怪我させた責任は私には取れないわ。今すぐ私と一緒に病院へ行って、謝罪してきなさい!」

「柳生社長が許してくれたら、大人しく嫁ぐのよ」

叔母は心底嘆かわしいといった表情を作った。

「あんたがこんな不始末をしでかしたのに、私が奔走してあげてるのよ。すべてあんたのためなんだから!」

綾瀬茉莉の唇に皮肉な笑みが浮かんだ。

「私のた・め? それとも、手に入れた結納金が水の泡になるのが怖いの?」

「あんた!」

叔母は激昂し、綾瀬茉莉を睨みつけた。どうやって無理やり連れて行こうかと思案し始めた時だった。

突然、叔母の電話が鳴った。

叔母は携帯電話を耳に当てながら、何度も綾瀬茉莉を凝視し、奇妙な表情を浮かべた。

電話を終えた時、彼女の顔から綾瀬茉莉への敵意は消え失せていた。

「茉莉、どうして早く言わなかったの? 柳生社長……いや、柳生三郎を殴ったのが、霧生澪だったなんて!?」

「何ですって!?」

綾瀬空が勢いよくソファから立ち上がった。

「ママ、なんて言ったの? 霧生澪! あの霧生家の——」

叔母の顔も喜色満面で、彼女は親しげに綾瀬茉莉の手を取り、猫なで声で笑いかけた。

「茉莉、彼の連絡先は持ってるの?」

綾瀬茉莉は伏し目がちに、無表情のまま人を寄せ付けない冷気を漂わせた。

「いいえ」

叔母は失望を露わにした。

「あんたって子は、本当にどうしようもないわね! こんな千載一遇のチャンス、自分が要らないなら空のことを考えてあげなさいよ!」

そういう魂胆か。

傍らの綾瀬空は頬を紅潮させ、すでに胸を高鳴らせていた。

あの霧生澪だ。

霧生家唯一の支配者。

彼女はすでに霧生夫人としての生活を夢想し始めていた。

綾瀬空は一歩前に出ると、自ら綾瀬茉莉の腕を組んできた。

「堂姉さん、ママはね、私と霧生社長が知り合えるように紹介してほしいって言ってるの」

「そうそう」

叔母も興奮を隠せない様子だ。

「こんな良いきっかけがあるんだから、空と霧生社長の仲を取り持ってあげなさい」

綾瀬茉莉は心の中で嘲笑った。

彼女は考える間もなく、即座に拒絶した。

「ありえない」

冷酷な一言に、笑い崩れていた二人の女の顔が凍りついた。

「断るって言うの?」

叔母が冷笑した。

「なら、家に置いてある邪魔なゴミも、もう必要ないわね」

彼女は綾瀬茉莉に携帯電話を突きつけた。綾瀬茉莉の顔色が一変した。

画面には、父が遺してくれた翡翠の腕輪の写真が映っていた。

どうしても見つからなかったあの腕輪だ。

その腕輪の意味は、彼女にとって特別なものだった!

「腕輪を返して」

綾瀬茉莉は声が震えるのを必死に抑え、怒りを湛えた目で睨んだ。

「見たこともないって言ったくせに!」

叔父が驚いて立ち上がった。

「淑婷、お前……茉莉のものを着服していたのか!」

叔母は鼻で笑った。

「大した値打ちものじゃないわよ。空を霧生社長に紹介してくれさえすれば返してあげる。嫌なら、二度とこの腕輪には会えないと思いなさい」

綾瀬茉莉の拳が白くなるほど握りしめられた。

父はこの腕輪が彼女の一生を守ってくれると言っていた。それが今、叔母の脅迫の道具になっている。

叔母の性格は知っている。やると言えばやる女だ。今日ここで頷かなければ、唯一の形見は消えてしまうだろう。

「……分かった」

自分の声が死水のように静かなことに気づいた。叔母は即座に手を離し、顔中の皺を寄せて笑った。

「そうこなくっちゃ! 最初からそうすればよかったのよ」

綾瀬茉莉は彼女たちを見ず、ただ叔母のポケットを見つめた。

「今すぐ腕輪を返して」

「何を急いでるの?」

叔母は体をかわした。

「霧生社長との約束を取り付けて、二人が会えたら、その時に返してあげるわ」

綾瀬茉莉は瞼を伏せ、瞳の底の冷光を隠した。

彼女は背を向け、ドアへと歩き出した。その背中は、寒風の中で頑強に生きる野草のように真っ直ぐだった。

道端に立ち、彼女は躊躇った末に、あの名刺の番号へメッセージを送った。

『霧生社長、あなたのジャケットをお預かりしています。いつご都合がよろしいでしょうか——お返ししたいのですが』

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