第四十九章

綾瀬茉莉は霧生澪のオフィスの前に立ち、ノックしようと上げた手を空中で止めたまま、躊躇っていた。

スマートフォンの画面は明るいまま、送信したばかりのメッセージを表示している。だが、相手からの返信は一向に来ない。

ドアの隙間から光が漏れている。霧生澪はまだ帰っていないようだ。

「綾瀬?」

背後から不意にかけられた声に、綾瀬茉莉はびくりと肩を震わせて振り返った。

いつの間にか背後に立っていた霧生澪と、もう少しで衝突するところだった。

男特有の、清冽な針葉樹のような香りが鼻先を掠める。綾瀬茉莉は反射的に一歩後退し、冷たいドアに背中を預けた。

「霧生社長」

彼女は素早く呼吸を整えた。

...

ログインして続きを読む