第五十八章

助けを求める声は、ホテルから漏れ聞こえる音楽にかき消された。

腕の筋肉が限界を超えて痙攣し、冷や汗がこめかみを伝い落ちる。

誰も助けには来ない。冷静さを保ち、自力で活路を開くしかない。

綾瀬茉莉は奥歯を噛み締め、必死に現状を分析した。

眼下には六メートル下のプール。落ちれば死ぬか、良くて重傷だ。

バルコニーの手すりの外側には、いくつかの排水管と照明用のフレームがある。あれを使えば、あるいは……。

「慌てるな、綾瀬茉莉。落ち着くのよ……」

彼女は心の中で自分を叱咤し、深く息を吸い込んだ。

右足を慎重に伸ばし、足場を探る。

つま先がようやく五センチほどの装飾の凸部に触れ、指にか...

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