第六十六章

レースのカーテン越しに、柔らかな陽光が病室の床へと零れ落ちている。

綾瀬茉莉は手元の医学誌に視線を落としていたが、不意に鮮やかな赤色のリンゴが転がり、彼女のシーツの上で止まった。

「お嬢ちゃん、果物おあがり」

隣のベッドの東雲(しののめ)老夫人が、目を細めて微笑んでいる。その銀白の髪が、日差しを受けて淡い光の輪を放っていた。

綾瀬茉莉は顔を上げ、老人の慈愛に満ちた眼差しと視線を合わせた。

その瞳は、幼い頃によく通ったあの屋敷で、いつも果物を摘んでくれた老人の姿を思い出させた。

綾瀬茉莉にとって唯一の救いは、その老人が既に他界しており、今の彼女の零落した姿を見られずに済んだことだっ...

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