第4章

 L市の通りには、初秋の冷たい空気が漂っていた。

 ビバリーヒルズの並木道をあてもなく歩いていると、打ちのめされるような失望からくる胸の息苦しさが、周囲の冷たい空気の中で少しずつ和らいでいくのを感じた。

 十五年。

 共に育ってきた丸十五年という歳月も、結局のところ、麗奈が流した数ヶ月の涙と嘘には敵わなかったのだ。

 知り合いに会いそうな大通りを避け、私はひっそりとした近所の公園へと足を踏み入れた。足元で落ち葉が乾いた音を立てる以外、何も聞こえないほど静かだった。

 その時、前触れもなく一台のSUVがけたたましいブレーキ音を立てて私の目の前に止まった。

 後ずさりする暇さえなく、ドアが乱暴に開き、肩幅の広い二人の男が飛び出してきた。本能的に助けを呼ぼうと口を開いたが、次の瞬間には、ツンとする薬品の臭いがする濡れた布で鼻と口を塞がれていた。

 強烈なめまいが私を丸ごと飲み込み、視界が真っ暗になった。

 どれくらいの時間が経ったのか、目が覚めた時には分からなかった。

 視界はまだぼやけていた。周囲の部屋は薄暗く、病的な白い光に照らされている。どこかの地下にある闇クリニックのような場所だった。

 私の両手は、ベッドの側面に縛り付けられていた。

 無理やり指を動かし、ポケットの中にまだ隠されている予備のスマートフォンに触れた。彼らに見つからなかったものだ。

 恐怖の中、本能が理性を上回った。ほんの数時間前に翔との婚約を破棄したばかりだというのに、こんな生死を分けるような瞬間に、私の指が手探りでダイヤルした緊急連絡先は、やはり彼だった。

 発信ボタンを押した瞬間、息を殺した。

 すると――。

 ドアのすぐ外で、聞き慣れた着信音が突然鳴り響いた。

 少しして、廊下から翔の低く苛立った声が聞こえてきた。まるで私のすぐそばに立っているかのように、はっきりと。

「麗奈、警告しておくが、これが最後だ。俺はもう、お前のために越えちゃいけない一線を越えた。手術が終わったら、二度と俺の前に姿を見せるな。完全に消えろ」

「翔、ありがとう……。あなたがいなかったら、私死んじゃう。私にはあなたしかいないの、分かってるでしょ」次に聞こえてきた麗奈の声は、嘘泣きの涙に濡れていた。

「腎臓の移植手術を受けたら、絶対に恩返しするから。誓うわ」

 全身の神経が悲鳴を上げた。

 頭の中が真っ白になった。

 信じられない思いで首を巡らせた。

 ドアが開いた。

 私の怯えきった、絶望的な視線とぶつかった瞬間、翔の瞳孔が急激に収縮した。

「翔……」喉に砂を飲み込んだかのように乾ききっていて、自分でも分からないほど声が震えていた。

「何をしてるの? これが、彼女を助けるってことなの?」

 彼は私と目を合わせられず、視線を逸らした。

 しかし、麗奈が彼の背後からおずおずと顔を出し、あの儚げで哀れみを誘う表情で彼を見つめると、翔の目から最後の罪悪感の欠片が瞬時に消え去った。

「結衣、目が覚めたなら単刀直入に言う」翔の声は氷のように冷たかった。

「麗奈の腎不全は深刻だ。総合病院の臓器登録ネットワークでも、適合するドナーが見つからなかった。だが、全くの偶然で、お前が完全に適合したんだ」

「それで私を誘拐したの!?」瞬く間に涙が頬を伝ってこぼれ落ちた。

「翔、頭がおかしくなったの? これは犯罪よ。殺人未遂じゃない!」

「そんな人聞きの悪い言い方をするな。佐藤さんはL市で最高の外科医の一人だ。ほんの小さな手術に過ぎない。腎臓が一つになっても、普通に生きていける」

「それに、これはお前が彼女に負っている借りだ。麗奈から全部聞いたよ。高校時代、お前が先頭に立って彼女をいじめていたんだろう。一晩中用具室に閉じ込めて、それが原因で彼女の腎臓は駄目になったんだ。結衣、この腎臓を彼女に提供するのは、お前にできるせめてもの償いだ。自分のしたことへの報いだと思え」

「私、そんなことしてない! いじめてなんかない!」私は血が滲むほど手首に食い込む拘束具に抗い、ありったけの力で暴れた。

 ほんの一瞬、翔の目に躊躇いの色が揺れた。

 彼は私と一緒に育ってきた。高校時代の私がどんな人間だったか、誰よりも知っているはずだ。私が同級生をそんな風に痛めつけるような人間ではないことなど、心の底では分かっているのだ。

 しかし、視界の隅で麗奈の震える肩を捉えた瞬間、彼女を守りたいというその馬鹿げた衝動が、彼に残っていた僅かな良心を打ち砕き、彼女の嘘を信じ込ませてしまった。

「いい加減にしろ、結衣。まだシラを切るつもりか」翔は冷たく背を向けた。

「この腎臓で償え。そうすれば、これで貸し借りはなしだ」

「翔! 行かないで! 翔、戻ってきて――」

 私の叫びと嗚咽を背に、彼は一度も振り返ることなく出て行った。

 その直後、緑色の手術着に身を包んだ見知らぬ人間が数人入ってきた。

 頭上で、目が眩むような無影灯が点灯した。

 麻酔マスクが無理やり私の顔に押し当てられた。

 再び闇が意識を飲み込む直前、目尻から最後の一滴の涙がこぼれ落ちた。そしてその最後の瞬間に、私は悟った。私の青春の十五年間が買い与えてくれたものは、人間の皮を被った怪物でしかなかったのだと。

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