第30章 よくやった、彼女はやり遂げた

 静まり返った夜。受話器の向こうから、寝言みたいな掠れ声が落ちてきた。

「雨音……痛い」

 男の声は、よく聞けばわずかに震えている。

 その瞬間、桜井雨音の胸が、反射みたいにきゅっと痛んだ。

 神崎康臣という男は、見栄っ張りで頑固で、口も悪い。酒を飲んで胃を荒らして吐血まがいのことをしたり、残業にかまけて食事を抜いたり――そんなのは日常茶飯事だった。

 あの頃、雨音はどれだけ彼の体を整えるのに心を砕いたか分からない。

 三食の時間を気にして、消化にいい献立を考えて。東洋医学の先生を頼って、ツボ押しや手技まで覚えた。

 大げさなくらい手間をかけて、時間もかけて、ようやく胃腸を落ち...

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