第2章

加藤美帆法律事務所は、西京を一望する高層ビルの最上階、その四十七階のワンフロアすべてを占めていた。床から天井まで続く一面の窓からは、眼下に広がる佐々木公園の緑が、まるで精巧な箱庭のように見渡せる。

彼女は、原田裁判官が太鼓判を押した通りの人物だった。西京大学法学部を首席で卒業後、富裕層の離婚案件を専門に十五年。相手方の弁護士を再起不能なまでに叩きのめすことで、その名を轟かせている。

「天野さん」私が部屋に入ると、彼女はデスクからすっと立ち上がった。交わした握手は、鋼のように固い。「このような状況でお会いすることになり、残念に思います」

「お気遣いは不要ですわ、加藤先生。どうか、非情にお願いします」

彼女は会議テーブルを指し示した。そこにはまるで軍事作戦の計画図のように、ファイルが整然と広げられている。

「お預かりした予備資料は拝見しました。ご主人は、いくつか……実に興味深い金銭の使い方をなさっていますね」

「たとえば、どのような?」

「長橋遥さんという女性のために、この三ヶ月で三千万円相当の高級品を購入されています。すべて、天野さんの個人カードで。ホテルのスイート、宝飾品、デザイナーズブランドの衣類……驚くほど杜撰、と言うべきでしょうか」

私はイタリア製の革椅子に深くもたれかかった。「私に、どんな選択肢がありますか」

加藤先生の唇に浮かんだ笑みは、まさに獲物を狙う捕食者のそれだった。

「天野さんの財力をもってすれば、あの男の人生を生き地獄に変えることも可能です。もちろん、すべて合法的な手段で」

「不便をかける程度では生ぬるい。私はあの男を、社会的に破滅させたいのです」

彼女は一枚の委任契約書を、磨き上げられたテーブルの上で滑らせた。

「着手金として五百万円お預かりします。決して、安くはありません」

「お金は問題ではありません。あの男が私から盗んだすべてを、根こそぎ奪い返したいのです」

私はペンを手に取り、言葉を続けた。「不正調査会計士、セキュリティコンサルタント、雅樹のための児童心理学者、それからメディアコンサルタントも必要になります。事態が泥沼化する覚悟は、おありになって?」

加藤先生は、すでにメモを取りながら静かに頷いた。

「私が死を目前にしているというのに、裏切りを選んだ。事を醜くしたのは、向こうの方ですわ」私は契約書に目を落とすことなく、淀みなくサインをした。「残された時間は、どれくらいありますか」

「西京では、離婚が成立するまでに九十日の待機期間が定められています。ですが、DVの刑事告発は、もっと迅速に進めることが可能です」彼女は身を乗り出した。「すべてを記録してください。すべての痣、すべての脅迫、すべての精神的虐待を」

「すでに取りかかっています」

雅月クラブの個室は、祖父の時代から何一つ変わっていなかった。時が止まったかのような静謐な空間だ。

私の向かいには、木村正志が腰を下ろしていた。私たちの間には、証拠で分厚く膨らんだ茶封筒が置かれている。

「奴は実に杜撰でしたよ、天野さん。ここにあるのは、この八ヶ月分のホテルの領収書です。すべて、天野さんのクレジットカードで決済されていました」と木村は言った。

「従姉妹の長橋遥……彼女はどういう素性の女なの?」

木村は別のファイルを開いた。「長橋遥、二十八歳。南部の旧家の出身ですが、十数年前の金融危機で一家は破産。父親は彼女が十六の時に蒸発し、母親は精神を病み入院中です。父親からの愛情に飢えている、典型的なタイプですな」

彼はテーブル越しに数枚の写真を滑らせた。建設現場や高級レストランで、常に誠也に寄り添う遥の姿が写っている。

「過去五年で、裕福な年上男性との交際に三度失敗しています。ご主人を新たな金蔓と見なしている、といったところでしょう」

「強欲な人間ほど、行動が読みやすいものね」

「まだあります」木村は小型の録音装置の再生ボタンを押した。誠也の声が、水晶のようにクリアな音質で空気を満たす。

『奈々未が死ねば、俺たちは結婚できる。彼女の家族も、いずれは君を受け入れざるを得なくなるさ。どっちにしろ、金は家族の中から外には出ないんだからな』

口元に運びかけていたワイングラスが、ぴたりと止まった。

私の死を、まるでビジネスの商談のように語る夫の声。その何気ない残酷さに、全身の血が凍りつく。

「これは、いつ録音されたもの?」と私は尋ねた。

木村は答えた。「先週の火曜日です。天野さんが化学療法のカウンセリングを受けておられた頃、彼らは帝国ホテルで、天野さんの葬儀の計画を立てていましたよ」

午後四時きっかりに、竹内兼は現れた。加藤先生が強く推薦するセキュリティコンサルタントだ。

「このカメラはモーション起動式でして、映像は天野さんのセキュアサーバーへ直接ストリーミングされます」彼は誠也のデスクランプの裏に、硬貨よりも小さな装置を取り付けながら説明した。「彼に気づかれることはまずありません」

「音質は? 一言一句、はっきりと聞こえる必要があります」

「軍用レベルの機材です、天野さん。彼の息遣いまで拾えますよ」

私たちは家の中を系統的に作業していった。彼の書斎、私たちの寝室、そしてガレージに監視カメラを。彼のトヨタとスマートフォンには、GPS追跡装置を。自宅のWi-Fiルーターも、すべてのデバイスの通信を監視できるよう、特殊なものに交換した。

「現代技術の素晴らしいところは」寝室のカメラをテストしながら竹内は言った。「虐待を行う人間は、例外なく自分が相手より賢いと思い込んでいる点です。その油断が、命取りになる。我々は、そこを突くんです」

竹内が機材を片付けていると、私のスマートフォンが最初の通知で震えた。すべての監視システムがオンラインになり、記録を開始したという合図だった。

夕刻六時、私は書斎で敵の調査を進めていた。長橋遥のSNSは、痛々しいほどの野心で埋め尽くされている。招待もされていないチャリティパーティでのインスタグラムへの投稿。偽りの職歴で固めたLinkedInのプロフィール。身の丈に合わない高級レストランでのFacebookへのチェックイン。

今度こそ、金の卵を産むガチョウを手に入れたとでも思ったのでしょうね。

私は加藤先生に電話をかけた。

「長橋遥は必死です。そして、必死な人間は必ずミスを犯す」

「その情報を、どう使いますか?」秘匿回線越しに、加藤先生の冷静な声が響いた。

「焦りは禁物ですわ、先生。どんな捕食者にも弱点はあります。彼女のそれは、『自分は特別な存在だ』と感じたいという渇望。彼女は、誠也という男を手に入れたことで、自分も特別な人間になったと勘違いしている」

「ご主人については?」

「誠也は、これまで本当の意味で痛い目に遭ったことがない。だから、自分は安泰だと信じ込んでいる。ですが、それももう終わりです」

夕食は、格式張った静寂の中で進んだ。一皿一皿が、音もなく給仕される。

雅樹はすでに食事を済ませ、自室で安全に過ごしていることを確認済みだ。

ダイニングルームの豪奢なシャンデリアが、誠也の顔の上にゆらゆらと影を落としている。彼は、自分の発する言葉が一言残らず記録されているとは露ほども知らずに、肉じゃがを口に運んでいた。

「奈々未、お前の様子、なんだか変だぞ」彼は皿から目を上げずに言った。「癌のことでパニックにでもなってるべきじゃないのか?」

私はゆっくりと味噌汁を一口含み、沈黙をじっくりと味わうように引き延ばした。

「死を前にすると、物事がはっきり見えてくるのかもしれませんね、誠也。本当に大切なものが、何なのかが」

彼の箸が、止まった。「……どういう意味だ、それは」

「もう、誰もが私に期待するような人間でいるのはやめた、ということですわ」

今度こそ、彼が顔を上げた。その黒い瞳が、探るように細められる。

「馬鹿な考えは起こすなよ。お前はまだ、俺の妻だ」

「ええ、もちろんよ、あなた」私は微笑んだ。その表情は、自分の顔でありながら、どこか異質なものに感じられた。「死が二人を分かつまで」

残りの夕食は、張り詰めた沈黙の中で過ぎていった。誠也は、いつ爆発するとも知れない爆弾でも検分するかのように、私にちらちらと視線を送っている。ある意味、それは正しかった。

彼がビールを片手に書斎へ引きこもった後、私は淡々と食器を片付けた。一枚の皿、一つの湯のみが、ささやかな反抗の証のように思えた。ポケットのスマートフォンが、ガレージのカメラからの通知で静かに震える。

画面には、苛立たしげに歩き回りながらスマートフォンを耳に押し当てる誠也の姿が映っていた。その声は不安に強張っている。

『奈々未の様子がおかしい。いつもと違う。もっと慎重になるべきだ』

スピーカーから、長橋遥の甘ったるい声がはっきりと聞こえてきた。

『どう違うって言うのよ? 彼女は死にかけてるのよ、誠也。死にかけの人間がおかしくなるなんて、当たり前じゃない』

誠也の声が続く。

『いや、これは何か違う。冷静すぎるんだ。あまりにも……統制が取れすぎている』

私は静かに通知を閉じ、暗闇の中で一人、微笑んだ。

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