第4章
午前十時きっかり。リビングの窓から、誠也のトヨタが予定よりも早く坂道を上ってくるのが見えた。
車庫に車を滑り込ませた彼が、ふと通りの角に目を向けたとき、私の心臓は凍りついた。そこには、獲物を待つ捕食者のように、木村の黒いSUVが静かに停車していたからだ。
「まずい……」私は囁き、コーヒーマグを指の関節が白く浮き出るほど強く握りしめた。
案の定、誠也は車から飛び出すと、猛烈な勢いで木村の車へと突進していった。
「俺を馬鹿にしてんのか! 家を監視してるのは分かってんだよ!」その怒声は、完璧に手入れされた西京の高級住宅街の生垣を越えて響き渡った。
私は、木村が何事もなかったかのように冷静に車を発進させるのを見ていた。誠也はまるで子供のようにその場に立ち尽くし、両脇で固く拳を握りしめている。
嵐が吹き荒れるように玄関のドアが開け放たれ、誠也が飛び込んできた。磨き上げられた玄関の床に、イタリア製の革靴が不吉な音を立てて響く。
「奈々未! 今すぐ下りてこい!」
寝室に行くと、彼は何かに取り憑かれたように、私の化粧台の引き出しを掻き回していた。
「何かお探し、あなた?」私は平静を装って、努めて穏やかに言った。
彼は振り向き、その手には加藤美帆の名刺が、怒りでぐしゃぐしゃに握り潰されていた。
「これは一体何だ、この性悪女があっ!」
「弁護士ですわ、誠也」と私は静かに答えた。
誠也の顔が、私が恐れるようになった、あの血の気の引くような赤黒い色に染まっていく。
彼はナイトスタンドから私のスマートフォンをひったくると、震える指で通話履歴をスクロールした。
「加藤美帆法律事務所……今週、七回も電話してるだと! お前、これを計画してたんだな!」
「何を計画ですって? 法的な助言を求めること? それは私の当然の権利よ」
「権利だと?」彼は一歩、また一歩と私に近づいた。「お前は俺の妻だろうが! 俺の許可なく、何一つするな!」
その瞬間、私の中で何かがぷつりと切れた。監視カメラがすべてを記録しているという安心感からか、あるいは彼の裏切りの物的証拠をようやく掴んだという確信からか。どちらにせよ、もう猫を被っているのは終わりだ。
「ええ、知っているわ」私は静かに、しかしはっきりと告げた。「長橋遥のことも。あなたが盗んだお金のことも。全部、知っている」
誠也の目から、すっと光が消えた。誰かが深く傷つけられる寸前の、あの平板で感情のない眼差しだ。
「お前は何も知らない!」彼は叫んだ。「そして全部忘れろ。さもなければ、俺がお前に忘れさせてやる!」
次に起こったことは、私の記憶のフィルムに、永遠に焼き付いている。
誠也は大理石の置時計を掴むと、私の頭蓋骨を砕かんばかりに頭上へと振り上げた。
その鈍い輝きを放つ塊は、彼の手にずしりと重く見え、私たちを取り囲む鏡張りの壁には、私自身の死の瞬間が、幾重にも映し出されていた。
「ゲームをしたいのか、奈々未?」彼は言った。「夫を裏切った妻がどうなるか、その身に教えてやるよ!」
逃げようとしたが、彼の方が速かった。その手は慣れた正確さで私の喉を掴み、恐ろしいほどの効率で気道を塞いでいく。彼が力を込めるにつれ、視界の端から黒い斑点が蜘蛛の子のようにちらつき始めた。
「誠也……お願い……雅樹が……」私は懇願した。「あの子には……母親が……必要……」
だが誠也は、私の言葉を冷酷に遮った。
「雅樹はな、腹黒い母親がいない方が幸せになれるんだよ! 俺が、まともに育ててやる!」
部屋がぐるぐると回り始める。私は彼の腕を必死に掻きむしり、きれいに整えられたネイルが彼の皮膚に当たって砕けた。
酸素が欠乏し、霞んでいく意識の中で、私はどうにか喘ぐように言った。
「この……人殺し……あの子は……いつか……真実を……知る……」
誠也は、嘲るように応じた。
「真実だと? 真実ってのはな、お前が哀れな末期の負け犬で、絶望して自分で死んだってことだよ! どうせ死にかけのクソ女がいなくなったって、誰も気にしやしねえ! 癌の苦しみに耐えられなかったって、皆にそう言ってやるさ!」
その時だった。手首のアップルウォッチが、かすかに振動するのを感じたのは。デバイスが、私の異常な心拍数の上昇、暴力的な動きのパターン、そして極度の苦痛を検知したのだ。緊急SOSが自動的に起動し、私のGPS座標を、加藤先生、木村、そして警察庁へと瞬時に送信した。
「緊急通報サービスに接続されました。あなたの現在地が共有されました」落ち着いた電子音声が、無機質に部屋に響いた。
誠也の動きが、一瞬凍りついた。
「何だ……こいつは何をしてやがる!」
「もう……遅い……誠也……」私は途切れ途切れに言った。「全部……録音されて……いる……」
「このクソ女がぁっ! これも、お前の計画だったんだな!」
その時、おそらく私の命を救ったであろう、小さな、しかし力強い声が聞こえた。
「お父さん、やめて! お母さんをいじめてる! やめてよ!」
「お母さんから離れて! お母さんは病気なのに、お父さんがいじめてる!」
誠也はついに私の喉から手を離し、その燃え盛る怒りを私たちの息子に向けた。
「出て行け、このクソガキが! お前には関係ないことだ!」
しかし雅樹は──私の勇敢で、素晴らしい雅樹は──怯むことなく、私たちの間に割って入った。その幼い顔は、大切なものを守ろうとする猛烈な怒りに燃えていた。
「お母さんは僕のお母さんだ! お父さんなんかに殺させない!」
「あの子に……触らないで……誠也……」私の声は囁き声にもならず、喉はただひゅうひゅうと音を立てるだけだった。だがどういうわけか、雅樹には聞こえたらしい。
彼は私のそばに膝をつき、その小さな手を優しく私の顔に添えた。
「お母さん!」
遠くから、サイレンの音が近づいてくる。西京警察署のパトカーが瞬く間に家を取り囲み、窓の外では赤と青の回転灯が、悪夢のように点滅していた。
「そこの男性! すぐに女性から離れなさい! 両手を上げて、動かないで!」
誠也は逃げようとした。実際に、裏口から脱出しようとしたのだ。だが、警官は至る所に配置されており、彼はあっけなく取り押さえられた。
「これは誤解です! 彼女は狂ってるんです! 癌を患っていて、まともな判断ができないんですよ!」
私のそばに膝まずいた救急隊員は、まだ若く、優しい手つきと誠実そうな目をしていた。
「首に圧迫痕が認められます。念のため、病院で詳しい検査が必要です」
そこに、木村が駆けつけた。その無骨な顔には、安堵と心配の色が浮かんでいた。
「天野さん、ご無事ですか。……すべて、録画できています」
すべて。アップルウォッチは、誠也の殺意に満ちた脅迫、私の死を自殺に偽装するという彼の告白、そして私が彼に対して抱いていたかもしれない、ほんのわずかな同情のかけらさえも、完膚なきまでに破壊する一部始終を記録していた。
「彼は、私を殺そうとしました」と、私は駆けつけた警察官に告げた。声はしゃがれていたが、その響きは、自分でも驚くほどはっきりとしていた。「そして、自殺に見せかけると脅迫も。息子が、私の命を救ってくれたんです」
雅樹の小さな、しかし凛とした声が響いた。
「お父さんが、お母さんの首を絞めてた!」
後日、私は西京中央病院の白いベッドに横たわっていた。痣だらけの喉には、保護用の医療カラーが巻かれている。
加藤先生が、ベッドのそばの椅子に腰かけていた。
「天野さん、すべての証拠が揃いました。音声、映像、医療記録、そして何より、雅樹くんの証言も」
「彼を、刑務所に入れるには十分かしら」
「殺人未遂罪。懲役は五年から十年といったところでしょう」
病室の鏡に映る自分を見つめた。喉は醜い紫色と黒に変色し、目は充血し、髪は乱れている。私は、夫に殺されかけた女──まさに、そのものだった。
「それだけでは、不十分ですわ、先生。刑務所なんて、彼には生ぬるすぎる」
加藤先生が、探るような目で私を見た。
「と、おっしゃいますと?」
「私は彼を、社会的に破滅させたい。経済的にも、そして人間関係においても、完全に。彼が当然のように自分のものだと思い込んでいるすべてを、根こそぎ奪い去ってやりたいのです」





