第7章 鈴木悦子の手術をする
翌朝早く、武内夕子が病院に到着すると、田中笑美が迎えに来た。
「ドクター武内、羨ましいです。私もいつか、誰かが私を指名して手術を頼んでくれるようになりたいです」
武内夕子は微笑みを浮かべ、まずは病室に向かうことにした。田中笑美をはじめとする若い医師たちが彼女の後に続いた。
病室に入ると、鈴木悦子が静かに横たわっていた。彼女の肌は透き通るように白く、まるで病床と一体化しているかのように脆弱だった。
「ドクター武内、来てくださったんですね」
医師たちが病室に入ると、鈴木悦子は体を起こそうとした。
その時、オーダーメイドのスーツを着た佐藤深が大股で病室に入ってきた。彼の革靴が床に響く音が、病室の静寂を破った。武内夕子の後ろにいた医師たちは道を譲るように後退した。
鈴木悦子は佐藤深を一瞥すると、涙が溢れ出し、嗚咽しながら訴えた。
「もう治らないんじゃないかって、この病気が私を殺すんじゃないかって」
佐藤深の冷たい視線が泣き崩れる鈴木悦子に向けられると、その表情は一瞬で陰り、怒りが垣間見えた。
「ドクター武内、悦子を治せると約束したじゃないですか」
佐藤深の声は大きくはなかったが、その言葉が重く、病室の空気を一層重苦しくした。
佐藤深の非難に対して、武内夕子は冷静に反論した。
「どうして私が治せないと決めつけるのですか?」
佐藤深は一瞬驚いたように目を見開いた。彼は武内夕子がこんなにも強気に出るとは思っていなかったのだ。
その時、鈴木悦子はベッドの上で震えながら、涙を拭いもせずに言った。
「お兄ちゃん、ドクター武内を責めないで。私が怖くて泣いてしまっただけなの」
佐藤深は眉をひそめ、少し落ち着いた声で言った。
「手術の難しさは理解しています。だからこそ、業界で名高いあなたにお願いしたのです。しかし、手術前に悦子の精神状態を崩壊させるわけにはいきません」
武内夕子は田中笑美に向かって言った。
「手術の準備を始めてください」
田中笑美はこの貴重な学びの機会を逃すまいと、すぐに応じた。
武内夕子は病室を出て行き、後に続く医師たちもそれに従った。彼女の冷静な表情は、佐藤深に一抹の不安を抱かせた。
佐藤深は病室を出て、武内夕子と一緒に行こうとする田中笑美を呼び止めた。
「ドクター武内は私に不満があるのでは?」
田中笑美は突然の質問に戸惑い、頭を掻きながら答えた。
「そんなことはないと思います。ドクター武内はただ仕事に厳しいだけです。気にしないでください」
そう言うと、田中笑美は急いで武内夕子に追いついた。広い廊下には、佐藤深一人が立ち尽くしていた。
佐藤深は遠ざかる武内夕子を見つめ、ポケットから携帯電話を取り出して、ある番号に電話をかけた。
「山本宵、ドクター武内のことを再調査しろ。特に私との接点がないかを重点的に調べるんだ」
山本宵は指示を受けて内心でため息をついた。社長の命令で何度もドクター武内を調査してきたが、彼女の情報は極めて少なく、入手は困難だった。しかし、社長の命令には逆らえない。
すべての準備が整い、医療スタッフは鈴木悦子を手術室に運び込んだ。武内夕子が手術室に入ろうとした瞬間、佐藤深が彼女を呼び止めた。彼女は足を止めて振り返った。佐藤深は一歩前に出て、武内夕子の手をしっかりと握った。
「武内先生、鈴木悦子の手術をどうかお願いします」
そう言って、佐藤深は一歩後退し、深々と頭を下げた。
武内夕子の目には、今の佐藤深は高飛車な佐藤グループの社長でも、二年間顔を見せなかった夫でもなかった。彼はただ、手術を待つ重症患者の家族の一人に過ぎなかった。彼のすべての希望は、武内夕子に託されていた。
手術室内、冷たい白い光が空間を照らし、壁の時計がカチカチと音を立てていた。その音はまるで死神の足音のように、武内夕子の心に重く響いた。
武内夕子は手術台の上の鈴木悦子に集中し、佐藤深の言葉を思い出す暇もなかった。鈴木悦子の脳内の巨大な腫瘍は神経を包み込み、慎重に剥離しなければならなかった。少しのミスも許されない。
ドクター武内は田中笑美に前額の汗を拭いてもらい、深呼吸して再び手術に集中した。
その時、院長が防護服を着て手術室に入ってきた。助手たちは自然と後退し、院長に観察の場所を譲った。
院長はモニターを見つめ、重い口調で言った。
「武内先生、患者を生死の境から引き戻してください。佐藤社長は手術が成功すれば、新しい入院棟を建てると言っています。これは病院全体の未来に関わることです。新安病院の全員の希望があなたにかかっています」
院長の声は震え、患者の命と病院の未来への期待が込められていた。
武内夕子は、この手術が成功しなければならないことを理解していた。

































