第86章 やっかいな男

殺し屋の手のひらが、荻原和夏の口を容赦なく塞いだ。喉元には鋭いナイフの切っ先。冷たい金属が肌に触れた瞬間、ひり、と痛みが走る。

――こんなにも、死は近いのか。

殺し屋は背後からぴたりと身体を寄せ、和夏の髪を深く吸い込んだ。甘い匂いを味わうように、病的な笑みを浮かべる。

両手が頬を撫でる。やさしい仕草に反して、刃はじわじわと沈んでいった。首筋に細い赤い線が走り、ぷつり、ぷつりと血が滲む。

和夏は、目の前の顔を見つめた。助けて、と言いたい。時間を稼ぎたい。どうせ死ぬなら、せめて――誰が自分を殺そうとしているのかだけでも知りたい。

でも、声は出ない。口を塞がれたまま、喉の奥で息が詰まる。...

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