第3章
セレステはよろめきながらコスタ邸を後にし、アパートへと戻った。
テレビからは自動的にホームビデオが流れている。ルシアンが設置させたもので、毎日エミリーの映像をループ再生し、セレステに己の罪を思い知らせるためのものだった。
十五歳のエミリーが砂浜を駆けている。「お姉ちゃん、早く捕まえて!」
十八歳の彼女はキッチンでケーキを焼き、頬に小麦粉をつけて笑っている。「ルシアンと結婚したら、毎日甘いものを作ってあげるの!」
二十歳の誕生日パーティー。青いチュールドレスを着てルシアンに寄り添いながら振り返る。「お姉ちゃん、私、綺麗?」
その笑顔の一つひとつが刃となって、セレステの心を深く抉る。
認めたくはなかったが、彼女は確かにルシアンを愛していた。十六歳で初めて彼に出会ったあの日からずっと。
だが、その想いを口にしたことは一度もない。ルシアンの瞳に映っているのは、エミリーだけだとわかっていたから。
密かに身を引くことを選んだ彼女は、ふたりの結婚を知って自暴自棄になり、家を飛び出した。その結果、妹を死なせてしまったのだ。
「私のせいだ……全部、私のせいで……」
床に崩れ落ち、セレステは泣き叫んだ。
死にたい。すべてを終わらせたい。
バスルームに駆け込み、薬棚を開け、ありったけの抗うつ薬と睡眠薬を手のひらにあけた。
それでも足りず、さらに一掴み。一気に口へ放り込み、水道水で無理やり流し込む。
錠剤が喉に詰まり、激しくむせて一部を吐き出したが、それでも意識は遠のき始めた。
冷たいタイルに倒れ込み、天井を見つめながら、セレステはかつてないほどの穏やかさを感じていた。
――エミリー、お姉ちゃんも今行くからね。
再び目を覚ましたのは、病院のベッドの上だった。
医師がルシアンに説明している声が聞こえる。うつ病の急性発作であり、重度の不安症状を伴っているため、入院治療が不可欠だと。
ベッドの傍らに立つルシアンは、彼女に背を向けたまま、吐き捨てるように言った。
「うつ病だと? こいつは皆の同情を引こうとしているだけだ! この卑劣な女なら、それくらいやりかねない」
セレステは唇を強く噛みしめ、布団に顔をうずめた。目尻から、冷たい涙が滑り落ちる。
来る日も来る日も、このような拷問の中で、あらゆる人からの憎悪を一身に浴びながら、ただ息をしているだけ。
死ぬ権利さえ、与えられていない。
――エミリー、お姉ちゃん、もう耐えられないよ。
本当に……もう限界だよ。
***
退院後、セレステは疲労困憊の身体を引きずり、自身の心理クリニックへと出勤した。
彼女の姿を見たリナは、ぎょっとして声を上げた。
「セレステ先生、目の下のクマ、ひどいですよ?」
セレステは何も答えず、ただひたすらに仕事へと没頭した。
そうでもしなければ、心にぽっかりと空いた穴を、一時的に塞ぐことすらできない気がしたからだ。
午後三時頃、診察室のドアが乱暴に開け放たれた。
入り口に立っていたのはルシアン。背後に黒服のボディガードを四人従え、さらにヴェロニカの姿もあった。
ヴェロニカは甘ったるい笑みを浮かべ、ルシアンの腕に絡みついている。
「ヴェロニカが最近、よく眠れないそうだ」
ルシアンはセレステを見下ろし、命令を下した。
「お前は精神科医だろう。こいつを治せ」
セレステは彼を冷ややかに見返し、手元のカルテから目を離さずに言った。
「不眠なら神経内科か、睡眠外来へ行くべきよ」
ルシアンが歩み寄る。圧倒的な威圧感がセレステに襲いかかった。
「俺の言葉が理解できないのか? こいつを治療しろと言っているんだ!」
セレステは顔を上げ、彼の憎悪に満ちた視線を真っ向から受け止めた。
わかっている。ルシアンはわざわざ自分を痛めつけるためだけにやって来たのだと。
ヴェロニカが横から、計算高い声音でなだめるように言う。
「ドン、もういいわ。お姉ちゃん、私の治療はしたくないみたいだし」
「こいつの都合など知るか」
ルシアンはセレステを睨みつけ、蔑むように言い放った。
「さっさと始めろ。先生」
その『先生』という響きには、ありったけの皮肉が込められていた。
彼はこれまで幾度となくセレステを罵倒してきた。心根の腐ったお前など、医者を名乗る資格はないと。
セレステは深く息を吸い込んだ。今日この場を無事にやり過ごすことは不可能だと悟り、ヴェロニカに治療用のリクライニングチェアに横たわるよう促した。
その間、ルシアンは窓辺に立ち、微動だにせずセレステを監視し続けていた。
「ヴェロニカ、不眠の症状はいつから?」
セレステは普段通り、事務的な口調で尋ねた。
「一週間くらい前からかしら」
ヴェロニカは上の空で答える。
「エミリーの部屋に引っ越したから、まだ慣れなくて」
セレステのカルテに走るペンが、ぴたりと止まった。
母は、彼女をエミリーの部屋に住まわせたというのか。
セレステは激しく波打つ感情を必死に抑え込み、質問を続けた。
「就寝前の習慣は? たとえば、スマートフォンを見たり、コーヒーを飲んだりとか……」
「ルシアンが毎晩、遅くまでお喋りに付き合ってくれるの」
ヴェロニカは振り返ってルシアンを見つめ、見せつけるように言った。
「エミリーのことや、昔の話をね。私がエミリーにそっくりだって言ってくれたわ。明るくて活発なところが」
セレステはペンを握りしめ、その指の関節は血の気を失って白くなっていた。
セレステが黙り込んでいると、ヴェロニカが自ら口を開いた。
「お姉ちゃん、どうしたの? どこか具合でも悪いの?」
そう言って、彼女はセレステに触れようと手を伸ばしたが、途中で突然悲鳴を上げた。
「痛っ! お姉ちゃん、どうして私をつねるの!?」
セレステは眉をひそめた。
「触れてもいないわ」
「お姉ちゃん、どうしてそんなひどいことするの!」
ヴェロニカはセレステの言葉など聞こえないふりをして、背後のルシアンに泣きついた。
「ドン、お姉ちゃんは絶対私を恨んでるわ! 私がエミリーのすべてを手に入れたから!」
ルシアンが大股で歩み寄り、セレステの手首を乱暴に掴み上げた。その瞳には嘲笑が浮かんでいる。
「どうした? 自分がエミリーのものを奪うのは許されても、他人があいつの真似をするのは許せないってか?」
結託して芝居を打つ二人を見て、セレステは弁明する気すら完全に失っていた。心はとうに灰と化している。
「ヴェロニカに謝れ!」
ルシアンが命令を下す。
セレステは彼を無視し、ただ黙ってうつむいた。
「謝れと言っているんだ!」
手首を締め上げる力が強くなり、骨が砕けそうなほどの激痛が走る。
「私に非はないわ。どうして謝らなきゃいけないの」
セレステは淡々とした声で返した。
その直後、冷たい金属の感触が、彼女の額にぴたりと押し当てられた。
ルシアンが銃を抜き、その銃口をセレステに向けたのだ。
その狂気じみた行動に、診察室にいた全員が息を呑んだ。
リナが震えながら止めに入ろうとする。
「ルシアンさん、セレステ先生はあなたの奥様ですよ……」
「黙れ!」
ルシアンが鋭く睨みつける。
「でなければ、お前も一緒に殺すぞ」
リナは恐怖のあまり、それ以上声を発することができなくなった。
「最後にもう一度だけ言う」
ルシアンは撃鉄を起こし、ぞっとするほど冷酷に言い放った。
「謝れ」
セレステは顔を上げ、この十年間密かに愛し続け、決して想いを告げられなかった男を見つめた。
その男が今、自分の額に銃口を突きつけ、本気で殺そうとしている。
その瞬間、セレステの胸に、ある種の解脱を待ち望むような感情が芽生えた。
ルシアンの手にかかって死ねば、エミリーももう、自分を責めはしないだろう。
この地獄のような日々も、ようやく終わるのだ。
「撃って、ルシアン」
セレステは静かに目を閉じ、かつてないほど穏やかな心で告げた。
「私を殺して。お願いだから」
