第69章

 ルシアンは答えなかった。

 ただ目を伏せたまま、その視線をアントニオの顔へと落とした。

 アントニオは瞬時に己の失言を悟った。

 自分の立場で、主人の真意を無闇に探るべきではないのだ。

 すぐさま目を伏せ、低い声で詫びる。

「申し訳ありません、ルシアンさん。出過ぎた真似を」

 ルシアンは視線を外し、再び静かに目を閉じた。

 だが、車内の過剰な静寂は、本来存在するべきではない何かを引きずり出す。

 ルシアンの心もまた、不意に昨夜へと引き戻されていた。

 昨夜の記憶の中で最も鮮明なのは、怒りでも、欲望に完全に支配された狂気でもなかった。

 ほんの僅かに動きが止まった瞬間、照...

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