第31章

菊地杏奈は契約書に指先で押さえを入れたまま、小切手を大野友菜へ滑らせる。友菜が細部を確かめている隙に、葉山陸斗へ視線を向けた。

「これは……会社の評判を守るために、あなたが自分から私に渡したものよ。たとえ離婚しても、ここは財産分与の対象にならない」

氷の仮面みたいだった陸斗の顔に、ほんのわずか亀裂が走る。しばらく沈黙してから、鼻で短く息を鳴らした。

「……ああ」

杏奈は続ける。

「火事場泥棒だなんて思わないで。菊地美波がああいうことをしなければ、私だってこんな話を切り出す機会なんてなかった」

大野友菜がそっと杏奈の腕に触れ、わずかにうなずく。

杏奈は改めて陸斗を見据えた。

「...

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