第69章

所長は半分白くなった髪をがりがりと掻き、遠い記憶へ沈み込んだ。

「晴子はねえ、家のことはあまり話さなかったの。服の商売をしてる、ってことくらいでね。あの子があなたを連れて来た頃、あなたはまだ二、三歳だったかしら。来るたびに、ふらふら院の中を走り回って、子猫や子犬を追いかけて遊んでたのよ」

「年末年始とか節目になると、晴子はわざわざお肉や骨を買って持ってきてくれてね」

菊地杏奈は黙って耳を傾け、口を挟まなかった。

所長はぽつりぽつりと、桜井晴子が娘を連れてここへ通い、猫や犬の世話をしていた頃の話を重ねていく。晴子がなぜここへ来るようになったのか、その理由も。

晴子は妊娠してから店のこ...

ログインして続きを読む