第3章

「あのブラッドダイヤのネックレスを出して」

 ファルコーネ家が経営する宝石店に足を踏み入れるなり、私は単刀直入に命じた。

 宝石商のジュリオは恭しく頷き、金庫からベルベットの箱を取り出した。

 婚約の宴まであと二日。父には結婚式用の装飾品を選ぶようにと言われていたが、私が求めるものはただ一つ――母が遺したブラッドダイヤのネックレスだけだった。

 箱が開かれると、深紅のダイヤモンドが照明の下で妖艶な光を放つ。

 それは生前、母が最も愛した形見であり、ファルコーネ家の女当主の象徴でもある。

「着けてちょうだい」

 ジュリオは恐る恐る私の首にネックレスをかけた。ブラッドダイヤが肌に触れ、刺すような冷たさが走る。

 店員たちが小声で感嘆の息を漏らす。

「なんてこと……ファルコーネ様が身に着けられると、まるで……」

 突然、宝石店のドアが押し開かれた。

 ダンテが横柄な態度で入ってきて、その後ろにイザベラがぴったりとくっついている。

 鏡越しに彼らの姿を捉え、私は眉をひそめた。

「ジュリオ」ダンテは私を一瞥もせず、そっけなく言った。「イザベラにいくつか見繕ってやれ。俺のツケでな」

 イザベラは私の首元のネックレスを見るなり、目を輝かせた。

「まあ……なんて綺麗なネックレス……」彼女は羨望と卑屈さの入り混じった声を出した。「あんな美しいもの、今まで見たことがないの。ねえ、ダンテ……」

 彼女はダンテを振り返り、その瞳に切望の色を浮かべる。

「セレーナ」ダンテが私に向き直る。「そのネックレス、イザベラに少し貸してやれ」

「駄目よ」私は冷ややかに言い放つ。

 前世では無理やり貸し出させられ、結果として彼女は「うっかり」最も大きなダイヤを紛失したのだ。

「なんでだ?」ダンテは眉を寄せる。「返さないって言ってるわけじゃないだろ」

「これは母の形見よ」私は彼を睨みつけた。「ファルコーネ家の女当主の象徴。意味、わかる?」

 ダンテは一瞬躊躇した。

 イザベラはすぐにうつむき、目元を赤く染めた。

「わかってるの、私には不釣り合いだって……ただの使用人の娘が、そんな贅沢を望むなんて……欲張った私が悪いのよ……」

「ごめんなさい、ファルコーネ様」彼女の声が震える。「私が悪いんです……自分にふさわしくないものを欲しがるなんて……」

 ダンテはたちまちほだされた。彼は私に向き直り、さも当然のように言った。

「セレーナ、そんなにケチケチするな。少し試着させるくらい、いいだろうが」

「駄目」

「セレーナ!」ダンテの怒号が響く。「お前、いい加減その聞き分けのない態度をやめないか?」

 彼を見つめていると、不意に滑稽に思えてきた。

「聞き分けがない? ダンテ、ここが誰の縄張りだか、よく考えてから口を利きなさい」

「昨晩、俺が先にお前を助けなかったから嫉妬してるだけだろ?」ダンテは冷笑する。「そういう気を引こうとする小細工はもう十分だ。いい加減にしないと、婚約の宴でプロポーズしてやらないぞ!」

 私は呆然とした。

 そして、思わず吹き出した。

「プロポーズ?」私は彼を冷ややかな目で見据える。「ダンテ、私があなたを選ぶなんて、一体誰が言ったの?」

 ダンテの顔に一瞬焦りが走ったが、すぐにそれを隠した。

「強がって何になる? お前が俺にベタ惚れなのは誰もが知ってる。七歳の頃からずっと俺の後を追いかけ回していたくせにな」

「愛してる?」私は皮肉たっぷりに言い返す。「ダンテ、自分を買いかぶりすぎよ」

 彼の顔が青ざめ、そして怒りに歪んだ。

「お前がどう思おうが関係ない」逆上したダンテが大股で私に歩み寄った。「今日、そのネックレスは彼女が着けるんだ!」

 彼は手を伸ばし、私の首元のネックレスをむしり取ろうとした。

 とっさに後ずさったが、彼の動きのほうが早かった。乱暴にネックレスを掴み、力任せに引きちぎる――

 金具が首筋を引っ掻き、生温かい血が肌を伝って流れ落ちた。

「いたっ!」私は息を呑み、首の傷口を押さえた。

 ダンテは私を一瞥もせず、ネックレスを持ってイザベラのもとへ行き、そのまま彼女の首に着けた。

「ほら、着けたいなら着けろ」

 イザベラはネックレスを受け取り、その目に一瞬だけ優越感を光らせた。しかし表面上は恐縮しているように装う。

「ダンテ、こんなこと……ファルコーネ様が怒るわ……」

「怒らせておけ」ダンテは彼女の肩を抱き寄せる。「俺がいる限り、誰にもお前をいじめさせはしない」

 その光景を目の当たりにして、胸の奥を激しく打たれたような感覚を覚えた。

 深呼吸をして、煮えたぎる怒りをねじ伏せる。過去の情に免じて、これが最後だ。

 婚約の宴の前夜、屋敷の射撃場は煌々と明かりが灯されていた。

 七人の候補者が一堂に会し、銃声が絶え間なく響き渡る。これは伝統なのだ――婚約発表の前夜に、候補者全員が集まって最後の「祝杯」をあげるという。

 私は二階のテラスに立ち、眼下の光景を見下ろしていた。

 ダンテは人だかりの中心にいて、男たちがグラスを掲げて彼を持ち上げている。

「おめでとう、ダンテ。明日にはファルコーネ家の婿殿だな」

「俺たちのことも忘れないでくれよ。これからは頼むぜ」

 ダンテは得意満面でグラスを傾ける。

「当然だ。セレーナのことは大事にしてやるさ……あいつがこれから、大人しく従うならな」

 そう言いながら、彼は私の方をちらりと見上げ、挑発的な視線を送ってきた。

 私は冷ややかな笑みを浮かべ、シャンパンを一口含む。

 隅の方では、エンツォが一人、ウイスキーを次から次へと煽っていた。その背中は孤独で物寂しく、まるで傷ついた野獣が暗闇に身を潜めているかのようだ。

 父が歩み寄り、エンツォの肩をポンと叩いた。

 周囲の者たちはその光景を見て、ヒソヒソと囁き合う。

「哀れなエンツォ。ガキの頃からセレーナに惚れてたってのに、結局ダンテに負けちまった」

「仕方ないさ、ルケーゼ家のほうが力が上だ。ファルコーネ様も、まともに口も利けないような奴を婿に選んだりはしない」

「違いない。エンツォなんて、忠誠心以外はダンテの足元にも及ばないからな」

 そのような雑音を耳にしながら、私はグラスを握りしめた。

 この馬鹿どもは全くわかっていない。父が肩を叩いたのは、慰めなどではない。あれは、承認の合図だ。

 深夜、集まりが散会し、私は休むために自室へと戻った。

 ナイトガウンに着替えた直後、ドアが乱暴に蹴り開けられた。

 怒りに顔を歪めたダンテが踏み込んできて、私の髪を鷲掴みにし、壁に力任せに押さえつけた。

「お前、イザベラに何をしやがった?!」

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