第2章

沙良視点

あのキスの後、和也はまるで疫病神でも避けるかのように、私のことを徹底的に避けていた。

三日間も! 私が顔を出すたびに、彼は魔法のように姿を消す。あの馬鹿!隠れていれば万事解決するとでも思っているのかしら?

私は自室で苛立ちながら歩き回り、そして、完璧な口実を思いついた。

夜明けに、私は赤いランボルギーニで、轟音を響かせながら従業員宿舎へと乗り付けた。

エンジンの唸り声に、何人かの牧場の男たちが顔をのぞかせた。その表情には驚きと好奇心が浮かんでいる。

「桜井さんがなんでこんなところに?」

「また何かトラブルでも起こしに来たのか?」

そんな囁きは無視して、私は隅にある一番みすぼらしい小屋へとまっすぐ向かった。ドアの脇には、「本田」と書かれた粗末な木製の表札が掛かっていた。

ノックをする前に、ドアが開いた。

扉の向こうに現れたのは、和也だった。シャワーから上がったばかりなのだろう、濡れた髪の毛先からは、朝の光を受けて雫が煌めいていた。

白いTシャツは、鍛え上げられた胸板に吸い付くように張り付き、その下で脈打つ力強い鼓動が感じられるようだった。朝日に照らされたブロンズ色の肌は、生命力に満ちた輝きを放ち、その存在すべてが、空間に熱を帯びさせるようだった。

……っ。思わずごくりと喉を鳴らすと、喉がからからに乾いていくのがわかった。

私の姿を認めると、彼は完全に凍りつき、反射的にドアを閉めようとした。

「桜井さん? どうしてここに……?」

「仕事の話をしに来たの」私はわざと一歩前に出て、ドアを塞いだ。「中、入ってもいいかしら?」

彼は一瞬ためらったが、やがて諦めたように身を引いた。

部屋は痛々しいほどに殺風景だった。簡素なシングルベッド、壊れかけのドレッサー、そして机の上には分厚い地質学の専門書が積まれている。壁には手描きの地図や石油探査のデータがびっしりと貼られていた。

記憶にある通りだ。この男の石油に対する才能は、十年も早くから開花していたのだ。

「何の御用ですか」和也は胸の前で腕を組んだ。

「あなたを私の個人乗馬インストラクターとして雇いたいと思って」

「は?」彼は眉をひそめた。「桜井さん、北原には最高のインストラクターがいるはずです。どうして俺なんかを……」

「時給4万5,000円」私は彼の言葉を遮った。「一ヶ月だけでいいわ」

彼はすぐに首を横に振った。「それはいい考えとは思えません、桜井さん。俺はただの牧場作業員ですし……」

「なら、証明して見せて」私はさらに一歩近づき、わざと二人の間の距離を縮める。「あなたがその価値があるってことを」

彼は反射的に後ずさり、背中が壁にぶつかった。

私はさらに距離を詰め、彼の体から放たれる緊張が伝わってくるほどに近づいた。「それとも……」私はふわりと微笑む。「私があなたに何をするか、『怖い』のかしら?」

私の挑発に、彼の瞳に怒りの火花が散ったが、それはすぐに、もっと複雑な何かに取って代わられた。

丸一分、私たちは無言で立ち尽くした。彼の少し乱れた息遣いが聞こえる。

「……一ヶ月だけです」やがて彼が、ざらついた声で言った。

「契約成立ね」私は手を差し出した。「明日の朝九時。私有馬場で、またね」

* * *

翌日、桜井家の私有乗馬場。

私は入念に選んだ、体にフィットする乗馬服を身に着けていた。脚を長くしなやかに見せる白いキュロットに、体の曲線を完璧に描き出す黒のタイトなトップス。

私の服装を見た和也は、明らかに動きを止め、それから慌てて視線を逸らした。

「基本から始めます」彼は咳払いをして、プロとしての距離を保とうと努めている。「まずはあなたのフォームを確認させてください」

私はわざと不器用な様子で馬にまたがり、姿勢をぎこちなく見せた。身をかがめた拍子に、きついトップスがずり上がり、素肌の腰がのぞく。

「こんな感じ?」私は無邪気に瞬きをしながら、彼を振り返った。

彼の視線が私の腰に一瞬留まった後、慌てて逸らされる。顔にじわじわと赤みが差していくのが見えた。

「背筋を伸ばして。あと、手の位置も違います……」彼の声は強張っていた。「……姿勢を、直さないと」

「もちろん。あなたがインストラクターだもの」

和也は深呼吸を一つすると、私の背後に回り、震える手で私の腰に触れた。

「腰の力を……抜いて……手綱はこう……」

彼は背後から私を包み込むようにして、手の位置を直してくる。私はわざと体重を後ろにかけ、彼の広い胸に背中をぴったりと押し付けた。

途端に、彼の全身が硬直するのがわかった。

「まだよくわからないわ……」私は囁くように言った。「もっと丁寧に教えてくれる?」

彼の全身がこわばり、呼吸が速く、不規則になっていくのを感じた。

「この姿勢を……維持して……リラックス……」彼の声は震え、言葉は歯を食いしばるようにして絞り出されていた。

私たちはその密着した姿勢のままだった。彼の体の……ある変化を感じていた。男性特有の……反応を。

私はくすりと小さく笑い、わざと体をずらした。

「あっ!」彼は火傷でもしたかのように飛びのき、私たちとの間に距離を取った。顔は真っ赤に染まっている。

「きょ、今日はここまでだ! もっと基礎を練習する必要がある!」

彼はほとんど逃げるようにして、馬場を走り去っていった。

その狼狽した背中を見送りながら、私は笑わずにはいられなかった。

ヤバ.......これは楽しすぎるよ!!!

* * *

翌日の夕方、桜井家の豪華なダイニングルーム。

クリスタルのシャンデリアが、上質な銀食器と生花で飾られた長いテーブルの上に柔らかな光を投げかけている。これは我が家の伝統的な夕食会で、私の婚約者である朗はいつも招待されていた。

「沙良」朗はワイングラスを掲げた。「僕たちの結婚式の日取りを、早めるべきだと思うんだ」

ステーキを切っていた私の手が止まった。

「早める? どうして?」

「最近、石油市場が不安定でね」朗の瞳に計算高い光が宿った。「僕たちの家が早く結ばれれば、互いの事業を補完するだけでなく、市場に安定のシグナルを送ることにもなる」

父が頷いた。「朗の言うことにも一理ある。我々の提携は、来るべき危機を乗り切る助けになるかもしれん」

危機? 私の頭の中で警鐘が鳴り響いた! 前世の記憶では、桜井家の没落を招いたのは、このくそ野郎の策略だったのだ!

「まだ心の準備ができていないわ」私は冷静に言った。「結婚は重大なことよ。商業的な理由で急ぐべきじゃない」

朗の表情が冷たくなった。「僕たちはもう二年、婚約しているんだよ、沙良」

「だからこそ、急ぐべきじゃないの」私は彼の目を見つめた。「私はまず、仕事で自分を証明したい。私が桜井家のお飾りに過ぎない存在ではないと」

テーブルに沈黙が落ちた。

朗はグラスを置くと、嘲るように言った。「よく考えてくれるといいな。二度と来ない好機というものもある」

夕食後、朗が私の部屋まで送ると申し出た。庭の小道で、彼は突然立ち止まった。

「最近の君は、少しおかしいぞ、沙良」暗闇の中で、彼の声は冷たかった。「何かが君の判断力を鈍らせているのか?」

私は戸惑ったふりをした。「どういう意味?」

「例えば……」彼は私の方に向き直り、目を細めた。「君を助けた、どこかの男とかな」

心臓が跳ねたが、私は平静を装った。

「考えすぎよ」

彼は微笑んだが、その笑みは目元には届いていなかった。「そうだといいがね」

彼は踵を返し、夜の闇に消えていった。

だが、彼がこのまま引き下がらないことはわかっていた。


翌朝、不動産事務所ビルの小さな会議室で、二人の男が対峙していた。

朗は革張りの椅子に座り、テーブルを指で叩きながら、面白そうに佇む和也を観察していた。

「座ったらどうだ、本田さん」

和也は動かなかった。「立っている方が性に合っています、白石さん」

「好きにしたまえ」朗は肩をすくめた。「我々の間には、少々……清算すべき古い話があると思うんだがね」

空気が一瞬で凍りついた。

和也の表情は変わらなかったが、その手はゆっくりと拳を握りしめていた。

「三年前の、あの金だ」朗はわざとらしく言った。「4,500万円。覚えているか?」

和也の顎が硬くなった。「覚えています」

「結構。ならば、我々の合意も覚えているだろう」朗は立ち上がり、窓辺へ歩いていった。「あの金はタダじゃない。条件付きだったはずだ」

「頼まれたことはやりました」

「本当にそうかな?」朗は振り返り、嘲るように言った。「どうやら君は、特定の……境界線を忘れてしまったようだ」

和也は沈黙を守ったが、その拳はさらに固く握りしめられた。

「それから」朗は席に戻った。「君の立場を理解してもらいたい。君が触れていい人間もいれば、君が見ていい夢もある」

彼は言葉を切り、その視線は鋭くなった。「もし君が、その一線を越えようものなら……」

彼は最後まで言わなかったが、その脅威は明確だった。

和也は彼を深く見つめ、何も言わずに、ドアに向かって歩き出した。

「おい!忘れるなよ」朗の冷たい声が彼を追った。「一生消えない借りというものもある。特に……俺に対する借りはな」

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