第6章 蓮司様は怒っている

御堂蓮司の背後には、専門の外科医たちが揃っていた。祖父が銃撃されたと聞き、急いで人員をかき集めて駆けつけたのだ。

御堂蓮司は眉間に深い皺を刻み、氷のような声で言い放つ。

「うちの人間が到着してから手術するって、言ったはずだ」

「緊急事態でして。待っていられませんでした」

白坂祐也は視線を泳がせ、ふと妙案を思いついたように言う。

「でしたら、手術室の監視映像をお繋ぎします! 先生方が経過を見ながら助言できるように」

御堂蓮司は無言で頷いた。

観察室。モニターの映像がゆっくり寄っていく。

最も重要な位置に立っているのは、まだ十代の少女。メスを握り、まるで執刀医のように動いていた。

御堂蓮司の顔色が一気に沈む。

「……どういうことだ」

こんな大手術を、子供にやらせている?

祖父の命を、冗談みたいに扱っているのか。

白坂祐也は内心ほくそ笑みながら、表向きは苦しげに眉を寄せた。

「蓮司様、どうかお怒りにならず……本来は私と前田教授で執刀する予定でした。ところが途中であの少女が割り込み、金藤伊江医師が保証人になってしまって……」

言いにくそうに息を吐く。

「ご存じの通り、金藤伊江医師は金藤老のご令孫です。あの方が口を出せば、私に逆らえるはずもありません」

そう言って、わざとらしく袖を捲り上げた。腕には、赤黒く盛り上がった傷跡が一本走っている。

「医者として、人命が最優先です。金藤家に睨まれようが構いません。ですから必死で止めました……ですが、力づくで押し倒されて。椅子で擦って、この通りです」

金藤家は世界に名を轟かせる医学名門。各国の大統領ですら一目置く――そんな家柄だ。

白坂祐也は責任を金藤伊江と水紀に押しつけることで、病院を守り、自分の立場も守り、ついでに金藤伊江という目障りな存在も消せる。最悪病院が潰れても、蓮司の前で“まともな医者”を演じ切れれば道は残る。

――三方よし、というやつだ。

「患者の命を何だと思っている!」

御堂蓮司の背後にいた専門チームの一人が、耐えきれず声を上げた。

「外科で一番重要なのは経験だ! あの子が何歳だと思ってる! 手術室に入ったことすらないだろう。そんな子にメスを握らせるなんて、正気の沙汰じゃない!」

御堂蓮司は冷たく視線を上げた。

刃物みたいな目が突き刺さり、観察室の空気が一瞬で凍りつく。心臓が喉まで跳ね上がる、地獄の入口の一秒前みたいな静けさ。

「蓮司様……」

別の医師が勇気を振り絞って口を開く。

「前田教授は当院で最も経験豊富ですし、金藤先生も若手随一の腕前です。お二人がいれば……それに、水紀は若く見えますが、先ほど御堂様が危機に陥った際、彼女の提案で一時的に容体が安定したのも事実で――」

御堂蓮司の瞳は深く、底が見えない。

「欲しいのは百パーセントの確実だ」

背筋が粟立つ声で言う。

「お前が保証できるのか」

医師は顔面蒼白になり、言葉を飲み込んだ。

御堂蓮司は吐き出すように命じる。

「手術室と通話を繋げ。今すぐ止めさせろ。専門チームを入れる」

怒りを爆発させないのは、今は祖父の命が最優先だからだ。

祖父が危機を脱したら――その後で、きっちり落とし前をつけさせる。

白坂祐也は素早く通話を開いた。院内放送が手術室へ響く。

「蓮司様の命令だ! 今すぐ手術を中止し、専門チームに交代しろ!」

手術は最も緊迫した局面だった。止められるはずがない。

前田教授は監視カメラを見上げ、答えに詰まる。だが次の瞬間、放送に男の声が乗った。頭皮が粟立つような低音。

「五秒だ。今すぐ撤退しろ」

声だけで分かる。蓮司様が怒りを押し殺している。

御堂家を敵に回せる人間など、どこにもいない。前田教授は顔を強張らせ、水紀へ視線を投げた。

「水紀……止めた方が……」

「専門チームを入れれば、御堂おじい様の状態も変えられるかもしれない」

水紀は手元から目を離さない。手術に沈み込み、首すら動かさなかった。

観察室の空気がさらに重くなる。御堂蓮司の顔色は、闇のように沈んでいく。

「五」

「四」

「三」

カウントダウンは死神の足音みたいに、手術室へ響き渡る。

水紀は意にも介さない。だが、圧迫止血をしている若い看護師の手首が小刻みに震え始めた。

その震えは、彼女の刃に直結する。

「うるさい」

水紀は手を止めず、淡々と一言葉だけ吐いた。

前田教授が理解するより早く、金藤伊江が手術台から離れた。手袋を外し、監視カメラ脇のスピーカーへ腕を伸ばす。

――ぶちっ。

引きちぎられた瞬間、観察室のモニターに激しいノイズが走った。

ただでさえ張り詰めていた空気が、さらに禍々しく膨れ上がる。

無謀な女。観察室を満たす耳障りな反響。すべてが正確に、御堂蓮司の底線を踏み抜いていく。

御堂蓮司が、すっと立ち上がった。

その顔は青黒く、いまにも噛み殺しそうだった。

白坂祐也は慌てて音声ラインを引き抜き、ようやく部屋に静寂が戻る。

「蓮司様……」

白坂祐也は震える声で続ける。

「ご覧になりましたよね。金藤伊江医師と、あの女はああいう人間です。粗暴で、手に負えない。私が止めた時も同じでした……!」

さらに同情を誘うように息を吐く。

「医師になってもう十年近いですが、私は常に患者の安全が第一です。あんな無責任で忠告も聞かない連中を見て……この病院に入ったことすら、悔やまれます」

周囲の医師たちは、白坂祐也の面の皮の厚さに内心うんざりしていた。

責任の切り離し。保身。全部が透けて見える。

だが、この場で誰も指摘できない。御堂蓮司の機嫌を損ねた瞬間、終わる。

御堂蓮司は怒りを押し殺し、専門家に問う。

「今、突入したらどうなる」

専門家は苦い顔で答える。

「手術が中断されれば感染の危険があります。それに、大出血の可能性も……」

御堂蓮司は拳を握り締めた。

次の瞬間、白坂祐也の悲鳴が上がる。震える指がモニターを指した。

「大出血です!」

御堂蓮司が画面を見る。

祖父の傷口から、血が噴水みたいに噴き上がっていた。無菌布が一気に赤く染まっていく。

御堂蓮司の額に青筋が浮く。もう理性の鎖が切れた。

「突入しろ。今すぐ」

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