第207章

一方、井口家のリビングには重たい空気が沈んでいた。

井口景太は玄関で靴を履き替えたばかりだった。中へ入ろうとした、その一歩目で母親に行く手を塞がれる。

井口夫人は緑の部屋着姿。顔色は、まるでハエでも飲み込んだみたいに最悪だった。

「もう一回言いなさい」

「母さん、言っただろ。俺は黒田美穂と別れない」

景太は視線を逸らさずに言い切る。

「婚約パーティーは予定どおりやる。日取りも、もう人に見させてる」

母の目が、かっと見開かれた。

「頭に水でも入ったの? 黒田家が今どういう状況か、見えてないわけ? 資金繰りは破綻、取引先は総逃げ、銀行は毎日みたいに取り立てに来てる。あの子を嫁に迎...

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