第68章

廊下を抜ける風が、彼の背中をさっと撫でていく。シャツが張りついた背中の汗は、その風を受けた途端にひやりと冷え、思わず身震いしそうになった。

この業界に身を置いて、もう十年近い。上から降ってきた御曹司も見てきた。本社から送り込まれた目付け役も、箔をつけに来ただけの若造も、いくらでも見てきた。だが――彼女のようなのは、一人もいなかった。

黙ったまま。気配も見せず。牙すら覗かせない。

気づいたときには、もう刃が喉元に当たっている。

オフィスの入り口では、黒田理沙が川村南に向かって静かに声をかけていた。

少女の目元はまだ赤い。けれど、もう肩をすくめてはいなかった。背筋はまっすぐ、凛と伸びて...

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