第90章

彼の声は大きくなかったのに、個室は一瞬で静まり返った。

――誰かが、彼に気づいたのだ。

中村亘。かつてクラスでいちばん金を持っていた御曹司。

中村亘の姿を見た瞬間、黒田美穂の笑みが、ほんの一拍だけ固まる。

中村亘は大股で近づき、美穂の向かいの椅子を引いて、どさりと腰を下ろした。脚を組み、視線を美穂の顔から井口景太へ、そしてまた美穂へとゆっくり往復させる。口元には、意図の読めない笑いが浮かんでいた。

「久しぶりだな、美穂。なんでも大富豪の家に“お迎え”されたんだって? めでたいじゃん」

火のついていない煙草を指に挟んだままの声音は、祝っているのか嘲っているのか分からない。

美穂は...

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