7-要求と拒否
「それか、シフトマネージャーに早退しなきゃいけないって言えば……」ショーンが私の手を掴み、自分の腕に乗せる。
手を振り払いたい衝動に駆られるが、こいつを敵に回すのは得策じゃない気がした。少なくとも、彼が脅威ではないと確信できるまでは。
大人しく従う以外に選択肢はなく、私は腕をそのままにして、彼に導かれるままレストランを出た。店の前には黒い車が停まっている。ショーンがドアを開けて私を乗せ、自分も隣に乗り込んでくる。アーロンが運転席へと向かった。
なぜシフターのアルファが私に会いたがるのか、必死に頭を巡らせる。もちろんベラミーに関係しているのだろうが、一体何だというの?
彼が私について何か苦情でも入れたのか? それとも、私が彼の運命の相手だと勘付いて、嫌がる私を無理やりシフターの居住区へ連れ去ろうと計画したのか?
アルファを巻き込んでいる時点で、ろくなことになりそうにない。シフターの政治や掟には詳しくないけれど、彼らにとってアルファが絶対的な権力者であることくらいは知っている。
もし猫科のアルファの御前に引きずり出されるなら、事前の警告が欲しかった。せめて、この酷い仕事着以外の服に着替えるチャンスくらいは。
車内は気まずいが、幸いにも移動は短時間で済んだ。車は猫科シフターの居住区へと入っていく。ここに来るのは初めてだ。もっとも、実際に訪れたいと思ったことなど一度もないけれど。たとえそう思ったとしても、シフターはかなり排他的で、シフター以外の者を敷地内に招き入れるのは稀だ。世界に対して何か重大な秘密でも隠しているからなのだろうか。あるいは単に、動物の姿になっているところを見知らぬ人間にうろつかれたり、写真を撮られたりするのが嫌なだけかもしれない。
数年前、シフターの密猟で人間たちが逮捕された事件があったのを覚えている。彼らの主張によれば、シフターから採取した毛皮や鱗は、普通の動物のものより高品質なのだとか。
さらに、シフターの血や骨はポーションの材料や、魔女や魔術師の魔法の道具としてかなり有用らしい。まったく、気味が悪い話だ。血が入ったポーションなんて誰が飲みたいと思うの? ヴァンパイアなら話は別かもしれないけど。
思考が脱線してしまった。ふと見ると、青と赤の糸が再び視界に現れていた。ということは、ベラミーとミーガンはどちらも比較的近くにいるはずだ。
私は窓の外に目を凝らし、猫科シフターの本拠地がどうなっているのか観察した。敷地は広大で、至る所に木が生い茂っている。おそらく、猫の姿で自然の中を走り回ったり狩りをしたりするためなのだろう。
林を抜けると、家々が立ち並ぶ一本の長い通りに出た。ここがシフターたちの居住エリアなのだろう。通りの突き当たりには、ひときわ大きな屋敷があり、そこが私たちの目的地であることは明らかだった。この通りの家はどれもかなり大きく、莫大な値段がしそうだ。どうやらシフターは、私が想定していたよりもずっと裕福らしい。普段シフターの懐事情なんて考えもしないし、私には自分の生活の心配があるわけだが、彼らが所有する土地の広さを考えれば納得がいく。
予想通り、車は通りの一番奥にある最大の屋敷の前で停まった。ショーンが車を降り、エスコートしようと腕を差し出してくる。実質的に誘拐された身としては反抗心が芽生え、私は彼の手を無視して自力で車を降りた。
ベラミーはいつ現れるつもりなのだろう。私が巻き込まれているこの騒動の発端は、間違いなく彼なのだ。彼だけが事態を免れるなんて不公平だわ。アーロンが車の反対側から合流すると、ショーンは再び私の手を取り、強引に自分の腕に乗せて歩き出した。
私は呆れてため息をつき、されるがままにした。抵抗するだけ無駄だ。私は猫科のアルファについて知っていることを思い出そうとした。たしか、年配の紳士だったはずだ。彼はかなり有名だが、犬科のアルファのように暴れ回ったとか、そういった狂気じみた噂は聞いたことがない。彼がそれほど酷い人物でないことを祈るばかりだ。
突然、数ヶ月前のニュースを思い出した。あるシフターのアルファとその妻が、悲惨な自動車事故で亡くなったという話だ。
あれは猫科のアルファだっただろうか?
確信が持てない。私たちは屋敷の中を進み、私の青い糸が続いているドアの横を通り過ぎた。ミーガンはその向こうのどこかにいるに違いない。ショーンは、馬鹿みたいに長い廊下の突き当たりにある、凝った装飾の木製ドアへと私を導いた。
ドアの向こうから聞き覚えのある声がして、私の目に見える「赤い糸」もそこへ真っ直ぐに続いている。どうやらベラミーがいるらしい。この騒動、絶対あいつの仕業だと思ってた。
ショーンはノックもせずにドアを開け、中へと入っていく。部屋には少なくとも二人くらいはいるかと思ったが、意外なことにベラミーしかいなかった。彼は電話中だったが、私たちが部屋に入ると相手に詫びて通話を切り、立ち上がってこちらを迎えた。
「アルファ・ケイン。仰せの通り、ライアン・ゲイルを連行しました」
私は驚愕と恐怖を顔に出さないよう、必死に取り繕った。
ベラミーが、アルファだって?
そりゃそうよね。
私が運命の相手(ソウルメイト)を持つとしたら、この辺りで一番ややこしい男に決まってるじゃない。私は内心でため息をついた。人狼たちの政治事情、もっと真面目に勉強しておくべきだったかも。今後、嫌でも巻き込まれそうな予感がするし。
とはいえ、ベラミーはアルファだ。これって、もっと敬うべきとか、そういうこと?
その考えは即座に却下した。彼は「私の」アルファじゃない。それに、実質的に私を誘拐させた張本人だ。全然クールじゃない。
「ご苦労、ショーン、アーロン。下がっていいぞ」
二人は彼に深く一礼すると、きびすを返して部屋を出て行った。そういえば、アーロンは一言も私と口をきかなかったな。すごく無口な人なのか、あるいはただのシャイなのか。
とりあえず冷静さを装うことにした。誘拐の件や、仕事をサボったせいでクビになるかもしれない件で文句を言う前に、ベラミーが何を望んでいるのか確かめないと。
私は腰に手を当て、できるだけ無表情を保ちながら彼を睨み据えた。ベラミーはデスクの前の椅子に座るよう促したが、私は首を横に振る。
「立ってるほうがいいわ」
特に攻撃的な言葉を使わずに言えた。私の自制心の勝利ね。ベラミーはデスクの角に腰掛けた。
「君が主張する力が本物なら、それを利用すべきだと判断した。しばらく時間を割いて、その関係――『糸』と呼んでいたか?――を確認してもらいたい。私の妹とトリスタンの間にあるものをな。もし彼に別の運命の相手がいるというのが真実なら、その相手の特定と捜索に協力してもらう」彼はそう説明した。
私は信じられない思いで彼を見つめた。誘拐しておいて、私が素直に従うと本気で思ってるの? しかも今、私を「利用する」って言ったわよね。私は彼が拾って遊べるオモチャじゃない!
「お断りよ」
私はきっぱりと言い放った。彼の視線が鋭く私を射抜く。怒っているようだ。いつもなら目を逸らしてしまうところだけど、今は負けじと見つめ返す。
「断る、だと?」彼が繰り返す。
「ええ、その通り。嫌よ」
ああ、冷静でいようと思ったのに、もう無理。
「一体どうして私があなたの言うことを聞かなきゃいけないの? 私があなたの考えを尊重するとでも思ってるなら大間違いよ。偉そうに命令しないで。あなたの話なんて聞くつもりはないわ。私の家に勝手に押しかけてきて、帰れと言えば怒鳴り散らす。挙句の果てには誘拐? 仕事中だったのよ。早退したせいでクビになるかもしれない。あなたにそんな権利がどこにあるのよ!」と私は詰め寄った。ベラミーが私を睨みつける。
「俺はこの場のアルファであり、人々を導くのが仕事だ」彼は堂々と言い放つ。私は呆れて目を回した。
「あなたは『私の』アルファじゃないし、リーダーでもないわ。リーダーっていうのは、人々がついていきたいと選んだ人のことよ。ここに来るのに私に選択肢はなかった。つまり、あなたはリーダーなんかじゃなくて、ただの最低野郎(アスホール)ってこと」
ベラミーが立ち上がり、私に歩み寄ってくる。上から睨み下ろされた。
「君こそ、俺に選択肢を与えなかっただろう。あの家で話し合うことを拒否したのは君だ」
「それはあなたが強引に押し入ってきて、時間をよこせって要求したからじゃない。頼むとか、どこかに招待するとか、そういう発想はなかったわけ? 言っておくけど、私がこのトラブルに首を突っ込んだのは、あなたの妹さんを守りたいからよ。それを放り出すつもりはないわ。妹さんを助けるのは全然構わない。でもね、ペットみたいにあなたの後ろをついて回って、いちいち命令に従うつもりはないの」
ベラミーは激怒するだろうと身構えた。
けれど彼は怒鳴り返してくる代わりに、私から一歩離れ、背を向けた。深くため息をつき、部屋の中を歩き回り始める。少なくとも三往復してから、彼は再び私に向き直った。
