第2章
翌日、床に置かれたミスリルの強固な小箱を見下ろし、私は黙ったまま中身を大きな廃棄袋へとざざっと掃き入れていった。
竜鱗で織られた冬の外套、手鍛造の嵐核の剣、そしてイグニスのために眠れぬ夜を幾度も重ねて精製し続けた上質な竜血の霊薬が六本。
かつてそれを手に入れるために死にかけた宝の山が、いまやゴミへと堕ちたのを眺めても、胸の奥は一切揺れなかった。あるのはただ安堵だけだ。
背筋を伸ばした、そのとき。
冷たく鋭い視線が、私の背に突き刺さった。
戸口にイグニスが立っていた。袋詰めにされた宝の山を、じっと睨み据えている。
「何をしている?」
彼の背後からセラフィナがひょいと顔を覗かせ、腕にしがみついた。大げさに口元を覆って息を呑む。
「まあ……エララ、どうしてそんなことを。王にとって最重要の覚醒資源を床に投げ出すなんて! 私のせいで拗ねているのだとしても、王のお身体を危険に晒すべきではありませんわ!」
イグニスの目が外套と霊薬を撫でるように走り、硬い表情が珍しくほどけた。
「これを詫びとして差し出すつもりなら」深く息を吸い、傲慢な声にかすかな期待が混じる。「昨日の無礼は許してやる」
哀れな服従の駆け引きでもしていると思ったのだろう。
私は答えなかった。
見れば見るほど、滑稽で仕方がない。
私は手を上げた。掌の上に銀色の錬金星焔が群れて灯り、そのまま袋の中へ放り込む。
焔は瞬く間に外套と剣を呑み込み、灰に変えた。
「ゴミの片付けよ」灰にすら二度と視線をやらず、虫を踏み潰したかのように平然と言い捨てる。
彼のために傷つき尽くした心が、ようやく澄み切った解放を知った。
イグニスは、面と向かって露骨に軽蔑され、支配が完全に崩れ去った現実を飲み込めないようだった。
「正気か!?」歯噛みして唸る。
その無力な怒りを前に、言い争う気力すら湧かなかった。私は冷たく彼の手を叩き払って、まっすぐ戸を出る。向かうのは狩りの拠点だ。
私たちは巨大な飛行獣の車に乗った。
イグニスは私の目の前で臆面もなくセラフィナへの愛情を誇示した。彼女の襟元を整え、揺れは酷くないかと尋ね、わざと私に一言一句聞こえるようにする。
そして私を睨み据える。
「祭典が終わったら、正式に彼女を女王として戴冠させる。私の後継ぎは最上位の身分をもって生まれるのだ」
私が逆上するのを待っていたのだろう。私は窓の外を眺めるだけだった。苛立ったイグニスは手の中のグラスを握り潰した。
狩猟場に着くと、イグニスは堂々とセラフィナを女王席――中央の席へ連れていった。純血貴族たちが目を見張る。
「王も大胆だ。称号もない女を主席に座らせるとは」誰かが囁く。
別の者が私を盗み見て言う。「神官が本命だそうだ、後継を宿しているって。星の巫女は木偶の坊みたいに座ってるな。内心は爆発寸前だろう」
私は聞き流した。昔の私なら屈辱で死んでいた。いまはただの雑音だ。
開式の後、イグニスは最上の護符と狩猟弓をセラフィナへ与えた。さらに、権威の象徴である星墜ちの晶核までも、ぽんと彼女の膝へ投げ入れる。
群衆の中の媚びへつらいが叫ぶ。「女王陛下、おめでとうございます!」
私がすぐそこに座っていることに気づいて、男は気まずそうに口をつぐむ。だがイグニスは訂正しなかった。ただセラフィナの髪を撫でるだけだ。
狩りの途中、私は天幕の裏へ水を汲みに行った。背後の天幕の外で、セラフィナが影の使者に囁く声が聞こえてくる。
「このままだと、バレる……!」彼女は、例の「竜の卵」を睨みつけて息を殺した。
私は星視を起動した。殻を貫いて覗くと、そこに竜の生命力はない。空虚な殻が、黒い影の胞子のようなものを脈打たせているだけだった。
セラフィナがはっと振り向く。私を見るなり、卵を背中へ隠した。
「暴くつもり?」瞳に殺意が燃え上がる。
「考えすぎよ」私は言った。「もう彼はいらない。だから気にもならない」
私の目の中の徹底した冷たさを見て、彼女の肩から少し力が抜ける。
「生きるためにやってるのよ」彼女は鼻で笑った。「下っ端の神官が、この領地でどうやって生き延びると思う?」
私は薄く笑う。「せいぜい頑張って」
踵を返して立ち去ろうとした。二歩も進まないうちに、幾十もの影の針が背へ叩き込まれた。衝撃で身体が前へ弾き飛ばされ、土に叩きつけられる。裂けるような痛みが肺を貫いた。
這うようにして顔を上げると、セラフィナが私を見下ろしていた。か弱い仮面は剥がれ、歪んだ笑みが浮かんでいる。
「ごめんなさい」と囁く。「後腐れは残せないの。あなたには死んでもらう」
彼女は自分のドレスを引き裂いた。闇の魔術で自分の腕と胴を焼き、星焔の火傷そっくりに仕立て上げる。それから私の隣の土へ倒れ込み、叫んだ。
「助けて! イグニス、私の卵が!」
イグニスが空き地へ駆け込んできた。地面の血を見た瞬間、顔から血の気が引く。「セラフィナ!」彼は飛びつくようにして彼女を抱き上げた。
セラフィナは彼の胸に顔を埋め、震える指で私を指す。「イグニス! エララが気が狂ったの! 私たちの子を焼こうとしたわ!」
喉元まで上がる血を呑み下し、私は言い返す。「その卵は偽物よ!」
イグニスが首を勢いよく振り、裂けた瞳が私を捉えた。そこにあるのは純粋な嫌悪だけ。弁明の機会など与えない。
黒い地獄火の鞭が彼の手に具現化する。乾いた破裂音とともにそれが私の身体を打ち据え、防護のルーンが砕け散った。肉が裂け、灼熱の痛みが走る。
「この毒婦め!」イグニスは見下ろして吐き捨てる。「跪け、女王と我が後継者に謝罪しろ!」
温かな血が、私の下で広がっていった。
闇に引きずり込まれる直前、最後に見えたのは――泣きじゃくるセラフィナを抱え上げたイグニスが、一度も振り返らずに大股で去っていく姿だった。
