第29章 火傷

「譲る」……また、その言葉。

小林舞香は、笑うしかなかった。どうして毎回、彼女ばかりが「譲れ」と言われるのか。

矢野汐里が戻ってきてから、何度同じことを聞かされたか分からない。どんな場面でも、矢野郁真は舞香に「譲れ」と言う。

「私、もう数えきれないほど譲ってきた」静かなレストランに、舞香の声だけがすっと通った。「席も、衣装も、センターも……あなたのことだって。ねえ、これ以上、何を譲れって言うの?」

矢野郁真はその視線に居心地悪そうにした。だが彼の背後で、汐里が目尻を赤くして、今にも泣きだしそうに唇を震わせている。それを見た途端、郁真の口調はまた硬くなる。

「小林舞香、話を逸らすな。...

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