第63章 彼女に許させるな

矢野郁真と矢野汐里が家に戻ったとき、矢野行正の姿はリビングになかった。

田村執事が慌てて近づき、二階を指し示す。

「旦那様は書斎に」

矢野汐里はほとんど反射的に、半歩だけ後ずさった。書斎に呼ぶのは、よほどの話があるときだけだ。――今回は、きっと重い。

彼女は矢野郁真の手をぎゅっと握り、指を絡める。十指、固く。

田村執事は二人の手元を一瞥し、わずかに眉を寄せた。

「若様、旦那様は若様に先にお上がりいただくようにと。お嬢様は……」

一拍置いて、淡々と続ける。

「お休みになって、お着替えを」

「どうして? 私、お兄ちゃんと一緒に行く」

矢野汐里は矢野郁真にしがみつく。声が震えて...

ログインして続きを読む