第72章 あなたたちは別れた

矢野郁真が病院に着いたとき、着ていたのは昼の練習のままのウェアだった。

汗の匂いに消毒液の匂いが絡みついて、自分でも吐き気がする。

目の前の閉ざされたドアを、もう十分近く見つめていた。――それでも結局、彼はノブに手を掛け、押し開ける。

矢野汐里はベッドの背に寄りかかり、だぶだぶの病衣を着ていた。顔色は紙みたいに薄い。

郁真の姿を見た瞬間、彼女の目がぱっと明るくなる。次いで、悔しさを噛み殺すように唇をきゅっと結んだ。

「郁真……」

郁真は入口に立ったまま、中へ入ろうとしない。

「弁護士から聞いた。お前、小林舞香に示談書にサインさせるつもりなんだな」

「うん」

「舞香はサインし...

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