第76章 もはや矢野家の人ではない

矢野汐里の子どもは、もういなかった。

彼女は病室へ戻された。傍にいるのは、うろたえて落ち着きなく歩き回る木下大輝だけ。

「キャプテン、なんで電話出ないんだよ……電源切ってる? 嘘だろ……!」

「汐里、いっそお父さん呼ぶ? こんな大事なこと――」

木下は本気でパニックになっていた。妊娠から流産まで、たった数日の出来事だ。その間、矢野汐里が連絡を取っていたのは、最初から最後まで自分だけ。矢野家がこの件で自分に矛先を向けてきたらどうする?

ようやく恐怖が追いつき、こめかみに薄い冷や汗が滲む。

矢野汐里はベッドに横たわったまま、表情が抜け落ちていた。

喉の奥から、かすれた嗚咽が漏れる。...

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