第8章 えこひいき

場内は、しんと静まり返った。

エルメスの内側に刻まれていたのは「矢野汐里」という文字。まるで眩しすぎる傷痕みたいに、刻印と小林舞香の顔を、みんなの視線が行ったり来たりする。

空気が凍りついたまま数秒――矢野汐里が、すっと立ち上がった。

目元を赤くして、声だけを上手に震わせる。

「キャプテン……ごめんなさい。このバッグ、本当はお兄ちゃんが私にくれたものなんです」

信じられない、という顔で全員が矢野郁真を見る。

汐里は俯き、さらに小さな声になった。

「来月、お母さんの一周忌なんです。お兄ちゃんが、元気出せってプレゼントしてくれて……たぶん注文を間違えたんだと思います。だから今日、こ...

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