第112章

桐生颯馬は谷口日奈のことが大好きだ。――いや、谷口日奈の「そばにいる人間」まで含めて、好きなのだろう。

目を閉じると、さっきキッチンで責め立てられた場面がありありと蘇る。谷口凛華は口元に薄い嘲りを浮かべた。けれど胸の奥はぐちゃぐちゃで、何がどう痛いのかさえ言葉にならない。ただ、理由もなく疼く。

胸にそっと手を当て、凛華は音を立てないように立ち上がる。踵を返し、ゆっくりと部屋を出た。

廊下の突き当たりに立っていた使用人が、凛華の姿に気づいて近寄ってくる。

「若奥様、今夜はこちらでお休みになりますか。お支度をお持ちしましょうか」

あの部屋は、もうほとんど運び出されていた。残っているのは...

ログインして続きを読む