第2章 光と闇
魔法実践訓練場では、石造りのプラットフォームが幾重にも重なる魔法結界によって保護されていた。
手負いの低級魔獣が檻の中で身を縮こませ、苦痛に呻いている。
シルフィ先生は高台に立ち、威厳をもって生徒たちを見渡した。
「本日は治癒魔法の実戦テストを行います。まず、桐島まゆさんからデモンストレーションをお願いします」
遥は人垣の中から、まゆがおずおずと前方へ歩み出ていくのを見ていた。その様子に、周囲の生徒たちから激励の声が飛ぶ。
「まゆ、頑張って!」
「聖光魔法ならきっと大丈夫よ!」
まゆは魔獣の檻の前まで来ると、両手をそっと宙にかざした。瞬間、純粋な金色の光が甘露のように、傷ついた魔獣へと降り注ぐ。
光が触れた箇所から、血肉が再生し、骨が癒合していく。十秒も経たないうちに、あれほど虫の息だった魔獣が元気に跳ね回るようになった。
「完璧です!」
シルフィ先生の瞳は賛嘆に満ちている。
「まゆさんの聖光魔法は、まさに治癒魔法の模範ですね!」
拍手が雷鳴のように轟いた。
まゆは顔を赤らめて俯く。
「ありがとうございます、先生。私はただ、この傷ついた命を助けたいと思っただけです」
なんと完璧な答えだろう。遥は心の中で冷笑した。
「次、桐島遥」
拍手がぴたりと止んだ。
遥がゆっくりと前へ歩み出ると、背後からひそひそ話が聞こえてくるのを感じた。
「あの闇系魔法使いの番か……」
「彼女に本当に治癒なんてできるのかしら?」
「闇の魔法って、破壊しかもたらさないんじゃないの?」
遥は別の手負いの魔獣の前まで来た。彼女は深く息を吸い、両手をゆっくりと持ち上げる。
紫黒色の魔力が霧のように立ち上り、その指先で神秘的なルーンへと凝縮されていく。
「闇の魔法の再構築の原理を用いて、傷を治療します——」
「直ちにやめなさい!」
シルフィ先生が鋭く叫んだ。
「桐島遥さん、闇の魔法は治療には不向きです。魔獣の苦痛を増すだけでしょう。次の生徒にお願いしましょう!」
魔獣は紫黒色の魔力を見て全身を震わせたが、遥はそれが苦痛からではなく、生物としての本能的な恐怖によるものだとわかっていた。
「ですが先生、私の魔法でも——」
「もういい!」
導師の声が訓練場に響き渡った。
「闇の魔法は生まれながらにして破壊のためにあるのです。闇の魔法が治癒を行うなど、見たことも聞いたこともありません!」
周囲の生徒たちが、同情か、あるいは他人の不幸を喜ぶような視線を向けてくる。
遥はゆっくりと魔力を収めた。その瞳に、一筋の無念がよぎる。私の魔法にも、治癒の可能性があるのに……誰も信じようとはしてくれない。
——
午後の庭園テラス。
薔薇の花びらが風に舞い散り、貴族の少女たちが華麗なアフタヌーンドレスを身にまとい、優雅に紅茶を嗜んでいた。
伝統的な貴族の茶会に、遥は時間通りに顔を出した。
しかし、目の前の光景に、彼女の胸には不吉な予感が立ち上る。
いつもなら自分の周りに座っている友人たちが、今は皆まゆの周りに群がっていた。
「まゆ様は本当にすごいですわ! 聖光魔法で、あんなにひどい怪我を治してしまうなんて!」
エミリが興奮したように言った。
「それに、とてもお優しい方で、少しも貴族ぶったところがないんですもの」
イザベラが相槌を打つ。
遥はまゆの向かいに腰を下ろし、会話に加わろうと試みた。
「実は闇の魔法にも、色々と面白い応用が——」
「あ、そうだわ、まゆ様!」
エミリは彼女の言葉を直接遮った。
「近頃、王子殿下がよくご指導くださっていると伺いましたわ」
遥の手が、微かに止まった。
まゆは恥ずかしそうに俯く。
「王子殿下はただ……ただ、善意で、私のような初心者を助けてくださっているだけです」
「きっとお二人には共通の話題がたくさんおありでしょうね。なんといっても、お二人とも光属性ですもの!」
「どなたかの魔法みたいに……」
イザベラはそこまで言って、何かに気づいたように、慌てて遥に体裁を取り繕った。
「遥様、お茶が冷めてしまいましたわ。新しいものにお替えしましょうか?」
気まずい沈黙が、空気に満ちる。
遥はティーカップを置くと、その場にいる一人一人を見渡した。かつての「友人たち」は、一人残らず、この異端である彼女を疎んじることを選んだのだ。
「わたくしはまだ用事がありますので、これで失礼しますわ」
遥は優雅に立ち上がった。このような状況下でも、貴族としての風采は保っている。
背後からひそひそ話が聞こえてくる。
「お怒りになったみたい……」
「仕方ないわ。闇の魔法使いはもともと気性が荒いっていうし……」
「まゆ様が本当にお可哀想。あんなお姉様がいらっしゃって……」
真夜中、屋外訓練場はがらんとして静まり返っていた。
遥は月光の下に一人佇み、銀髪が夜風に舞っている。
「どうして……」
彼女は月に向かって囁いた。
「どうして誰もが、闇の魔法は邪悪なものだと決めてかかるの?」
彼女が両手を持ち上げると、魔力がゆっくりと立ち上る。月光に照らされ、闇の魔力はどこか朧げで、神秘的な美しさを帯びていた。
突如、奇妙な変化が起こった。
紫黒色のエネルギーが彼女の掌で凝縮し、なんと一輪の花の形を成したのだ!
それは美しい闇の花だった。花弁はビロードのように柔らかく、穏やかな光を放っている。さらに驚くべきことに、この花は治癒のエネルギーを発していた!
「これは……私が創り出したの?」
遥は手の中の闇の花を見て、衝撃を受けた。
「綺麗……それに、治癒の力まであるなんて」
彼女は恐る恐る、花を一枚の枯れ葉に近づけた。瞬間、葉は生気を取り戻し、瑞々しい緑に染まった。
「もし闇の魔法が破壊のためだけにあるのなら、この優しい力は一体何なの?」
遥の瞳に、希望の光が燃え上がった。
彼女は練習を続け、さらに多くの美しい闇の花を創り出した。その一輪一輪が治癒の力を帯びており、まるで闇の魔法のもう一つの可能性を証明しているかのようだった。
「必ず、皆に証明してみせる」
彼女は固く誓った。
「闇の魔法だって、善良であり得るのだと!」
翌日、シルフィ先生の個人研究室。
遥は期待に胸を膨らませ、ドアをノックした。
「シルフィ先生、これをご覧ください!」
彼女は興奮した面持ちで、手の中の闇の花を見せた。
「闇の魔法で、治癒能力を持つ花を創り出したんです!」
シルフィ先生は花を受け取り、注意深く観察する。
しかし、彼女の表情は驚きではなく、深い眉間のしわに変わった。
「桐島さん、このような不安定な魔法の創作は、大変危険です」
「ですが先生、これは闇の魔法でも治癒ができるという証明に——」
「もうやめなさい!」
導師は厳しい声で遮った。
「闇の魔法の本質は破壊と腐食。貴女のような、魔法の職分を改変する行為は、予測不能な結果を招きかねません!」
これほど厳しい叱責を受け、遥の心は氷の底に突き落とされたかのようだった。
「そのような危険な実験に時間を浪費するくらいなら、もっとまゆさんから学びなさい。彼女の聖光魔法こそが正道です」
導師の言葉が、遥の心にあった最後の希望の欠片を打ち砕いた。
「先生……先生は本当に、闇の魔法の可能性を信じてはくださらないのですか?」
シルフィは彼女の視線を避け、冷たい口調で言った。
「私の決定は、貴女のためを思ってのことです。来週から、私はまゆさんの魔法修行を重点的に指導します。貴女がどうしても闇の魔法を修めたいというのであれば、他を当たってください」
部屋は死のような静寂に包まれた。
遥はゆっくりと手の中の闇の花を収めた。その瞳には、果てしない失意が宿っていた。
導師までもが……。
この世界は本当に、闇の魔法を受け入れてはくれないの? この悪役令嬢である私を、受け入れてはくれないの?







