第2章
一週間前……
学校からの帰り道、私は考える時間が欲しくて、町の外れを遠回りして散歩していた。英一郎はまた仕事で遅くなる、少なくとも彼はそう言っていた。本当は『あの女』と一緒にいるに決まっている。でも、まだ誰もいない家に帰る気にはなれなかった。
古い工場が見えてくる。五年前に繊維工場が閉鎖されて以来、ずっと廃墟のままだ。ほとんどの人はこの辺りを避けて通るけれど、静かで、今の私には静けさが必要だった。
その時だった。彼らを見たのは。
三人の男が積み込みドックのそばに立っていた。その光景には、何か決定的にまずいものがあった。一人がダッフルバッグを渡し、もう一人が分厚い封筒を渡す。遠目からでも、これがまっとうな商取引でないことは分かった。
まさか、ドラッグ……
両親の顔が脳裏をよぎる。
二人が麻薬取引を見つけ、通報しようとしたがヤクザのメンバーに殺された時、私はまだ十六歳だった。たった十六歳で、この世に独りぼっちになった。人の不幸を金に換えようと決めたクソみたいな奴らのせいで。
考えるより先に、私は生い茂る茂みの陰に隠れた。震える手でスマホを掴み、録画を始める。証拠がいる。このクズどもに必ず報いを受けさせないと
カメラが焦点を合わせた瞬間、男の一人がダッフルバッグを開けた。ここからでも、中のビニール袋が見える。白い粉末。
「麻薬の販売網を拡大する計画だ」と、一人の男の声が夕暮れの空気に乗って聞こえてきた。「ボスが来月までに供給を倍にしろと言ってる」
ボス?私はズームして、彼らの顔をはっきり捉えようとする。この作戦を仕切っているのは誰?
その時だった。背後で砂利を踏む、紛れもない足音が聞こえたのは。
「おやおや。これは一体、何だろうね?」
あまりの速さで振り返ったせいで、スマホを落としてしまう。冷たい目をした、左頬に傷跡のある長身の男が、一メートルほど先に立っていた。彼の後ろから、残りの売人二人が駆け寄ってくる。誰も彼も、楽しそうな顔はしていなかった。
「こいつ、俺たちを撮ってたぜ」傷の男が言った。「このクソ女が。ヒーロー気取りかよ」
「や、やめてください!」喉から言葉が張り裂けるように飛び出した。「何もしていません、本当です!」
彼らの表情が殺意に満ちたものに変わる。
「死ぬんだ」という考えが、はっきりと私の心に突き刺さった。この人たちに、殺される。
震える指でスマホを探り、ゆっくりと後ずさりながら英一郎の番号をダイヤルする。お願い、出て。お願いだから、彼が出てくれますように。
コール音が一度。二度。三度。
「英一郎、お願い!」まだ鳴り続けている電話に向かって、私は泣きじゃくった。「助けて! お願いだから出て!」
だが、留守番電話に切り替わる。英一郎の、冷静でプロフェッショナルな声が聞こえた。『村上英一郎です。メッセージをお願いします』
「英一郎、私よ!」男たちが迫ってくる中、私は電話に叫んだ。「古い工場にいるの! 男たちがいて、ひどいことをされる、だからお願い、お願いだから助けに来て!」
男の一人が私の手からスマホをひったくり、コンクリートの壁に叩きつけた。スマホは粉々に砕け散った。
「馬鹿な女教師め」傷の男が嘲笑う。「余計なことに首を突っ込むからだ」
待って、教師って言った? 彼らは私のことを知っている? だが、そんなことを考えている暇はなかった。彼らに工場の中へと引きずり込まれていく。そこは錆と腐敗、そして恐怖の匂いがした。私の恐怖の。
ここで、私は死ぬんだ。
その後の数時間は、痛みと恐怖で曖昧だった。かつて工場の事務所だった場所で、私は金属製の椅子に縛り付けられた。主に殴ってきたのは傷の男だったが、他の男たちも代わるがわる手を下した。唇が切れ、肋骨が燃えるように痛む。腕も脚も棒で殴られ、骨が砕ける痛みで意識が遠のいていく。口の中は血の味でいっぱいだった。
「お前がここにいることを、他に誰が知っている?」傷の男が、もう百度目になる質問を繰り返す。
「誰も……!」私は嗚咽の合間に、かろうじて声を絞り出した。「誰も知りません、本当です!」
「あの英一郎って男はどうだ?」
英一郎の名前を聞くだけで、心がまた粉々に砕け散るようだった。彼は電話に出なかった。私が一番彼を必要としていた時に、彼は電話に出なかった。
「あの人は何も知りません」私は囁いた。「あの人は……忙しかったから」
『たぶん、あの女と一緒にいるのだろう』と、血を流し、体を壊された今でさえ、それを声に出すことはできなかった。
その時、電話が鳴るのが聞こえた。私の砕けたスマホではなく、彼らのうちの一台が。傷の男が電話に出て、私から数歩離れた。だが、声が聞こえないほど遠くではない。
「ああ、ボス。取引を撮影してる奴を捕まえた」間があった。「女だ。地元の教師で、村上警部補の妻だ」
全身の血が氷水に変わっていく。ボス?一体誰が、彼らのボスだというの?
そして、電話の向こう側の声が聞こえた。くぐもっていて遠いが、どこか聞き覚えのある声。肌が粟立つような、何かがあった。
「何をしようが構わん」その声は、電話の雑音越しでも、わずかな訛りが聞き取れた。「見たことを誰にも話せないようにしろ」
嘘。嘘、嘘、嘘……
傷の男は電話を切ると、痛みしか約束しない表情で私に向き直った。
「悪いな、奥さん。ボスの命令だ」
最後に覚えているのは、彼の拳が私の頭蓋骨にめり込む感覚。そして、全てが暗闇に消えた。
そして今、私はこのゴミ処理施設に立ち、英一郎がまるで書類棚の証拠品でも整理するように、私の遺体を検分しているのを見ている……
永井翼。電話のあの声、私を殺すよう命じた声。あれは、永井翼だった
夫が恋に落ちた女。私から彼を奪った女。私が彼女の麻薬の販売網を拡大する計画に偶然出くわしたせいで、私を殺した女。
彼女が、私を殺した。
そして英一郎は、そんなことクソほども分かっていない。
彼に警告しないと。どうにかして、分からせないと。
英一郎が証拠品をまとめ、パトカーに戻ろうとした時、私は奇妙な感覚に襲われた。まるで、見えないロープが私の胸に結びつけられていて、彼の後ろから引っぱられているような。
何なの、これ……?
犯罪現場に留まろうとするが、できない。英一郎がゴミ処理施設から一歩遠ざかるごとに、私はついていくことを強制される。まるで彼に繋がれてしまったかのように、夫から数メートル以上離れて存在することができないのだ。
最高ね。死んだ挙句、私が殺されている時に電話に出ることすらしなかった男に取り憑く羽目になるなんて。







