第4章

私は、英一郎が彼女を追いかけるのを待っていた。今にもベッドから飛び起きて、謝りながら、戻ってきてくれと翼に懇願するはずだ。愛する女が飛び出していったら、男はそうするものじゃない?

だが、彼は動かなかった。

英一郎はただ、私たちのベッドの端に腰掛けたまま、翼が消えたドアをじっと見つめている。その顔は完全に無表情で、まるで頭の中で何か複雑なことを処理しているかのようだ。パニックに陥る様子も、愛しているはずの女性との関係を修復しようと必死になる気配もない。

なんなの、一体?

私は彼にふわりと近づき、その表情を観察する。事情を知らなければ、彼は……安堵しているようにさえ見えるだろう。でも、そんなはずはない。この男は、彼女のために私たちの三年間の結婚生活を捨てた男だ。彼女と過ごすためだけに、残業を始めた男。あの男が――

待って。

彼女を追いかけない。

どうして追いかけないの?

死んでしまった私の脳が、この状況を理解しようと必死になる。これまで喧嘩をするたびに、私が腹を立てて歩き去るたびに、英一郎は追いかけてきた。謝って、話し合おうとして、関係を元に戻そうとしてくれた。なのに今、翼が泣きながら飛び出していったというのに、彼は何事もなかったかのようにただ座っている。

理解できない。

英一郎はナイトスタンドの上のスマホに手を伸ばす。私は彼が何をするのか見ようと、身を乗り出した。彼が着信履歴をスクロールさせると、そこに何が欠けているかを見て、私の胃はきりりと痛んだ。

通話履歴に、助けを求めて私が絶叫した記録がない。私の生涯で最も重要だったはずの、あの電話の痕跡がどこにもない。

消したの?その考えに吐き気がした。彼女を守るために、殺人の証拠を本当に消したっていうの?

でも、その時、奇妙なことが起こった。英一郎はさらに遡ってスクロールし始めた。まるで何か特定のものを探しているかのように、私の番号を探している。探す時間が長くなるにつれて、彼の顔はどんどん心配そうになっていく。

「どこにいるんだ、佳奈」と彼が呟く。その声に含まれた痛みに、私は不意を突かれた。

え、何?

彼は私の連絡先をタップし、スマホを耳に当てる。自動音声が聞こえる。「お客様のおかけになった電話番号は、現在使われておりません」

英一郎の顔が青ざめる。彼はもう一度、さらにもう一度試す。毎回、聞こえてくるのは同じ無機質な録音音声だけだった。

私のことを心配してる。

でも、そんなの辻褄が合わない。何ヶ月も私を無視してきたくせに。毎日、私よりも彼女を選んできたのに。なのに、どうして今にもパニック発作を起こしそうな顔をしているの?

英一郎は立ち上がり、部屋の中を行ったり来たりし始めた。髪を手でかきむしっている。事件のことで本当にストレスが溜まっている時に彼がこうするのは見たことがある。でも、私のことでこうなるなんて、もう何年もなかった。

「クソ、クソ、クソッ」と彼は呟き、再びスマホを掴む。連絡先をスクロールし、探していたものを見つける。

「涼介か? 英一郎だ。頼みがある」

山本涼介?彼の相棒で、もう一人の警部補だ。こんな時間に涼介に何の用?

「佳奈のスマホの位置情報を調べてくれ。居場所を特定してほしい」英一郎の声はストレスで張り詰めている。「もうずいぶん前からいなくて、何かあったんじゃないかと心配なんだ」

ずいぶん前からいないって、どういう意味?

私が死んだのは一週間前だ。英一郎はこの一週間、ずっと私を探していたっていうの?でも、そんなはずはない。今日、彼が私の遺体を、まるでただの事件の一つみたいに調べているのを私は見ていた。私の遺骸を検分している時、彼は私に気づきもせず、何の感情も見せなかった。

何もかも、辻褄が合わない。

「ああ、遅いのはわかってる」と英一郎は電話に向かって続ける。「だが、何かがおかしいんだ、涼介。佳奈は誰にも何も言わずに姿を消したりしない。彼女はそういう人間じゃない」

私の存在にほとんど気づいていないくせに、どうしてそんなことがわかるの?

英一郎は電話を切り、また部屋を歩き回り始めた。私は彼をじっと、本当にじっと見つめ、一体何が起こっているのかを解明しようとした。この男は、私に何か悪いことが起きたのではないかと心から怯えているように見える。これは、妻を捨てて他の女のもとへ行こうとしている夫の振る舞いではない。

まるで知らない人を見ているみたい。

馬鹿馬鹿しい、と私は思った。彼は私の夫で、亡くなった両親を除けば、私にとって一番身近な存在だったはずだ。なのに、いつから私たちは同じ家に住みながら、お互いを本当の意味で見ようとしない二人になってしまったのだろう?

結婚一年目の頃を思い出す。私は英一郎が働きすぎだとよく文句を言っていた。「一日中あなたの後をついて回れたらいいのに」と、半分冗談で言ったことがある。「そうすれば、少なくとも一緒に時間を過ごせるもの」

彼は笑って、私の額にキスをした。「それじゃ二人ともおかしくなっちまうよ」

まあ、二人そろって笑えない冗談ね。今や私は文字通り、彼の行く所どこへでもついて行かなければならず、それでも彼は私を見ることができない。まるで、神様が仕掛けた最も歪んだ願いの成就のようだ。

結婚とは、決して離れることなく、秘密もなく、孤独を感じることもないものだと思っていた。愛とは、お互いのすべてを知ることだと思っていた。

でも、私は彼のことを何も知らなかったのね?

電話が鳴り、英一郎はすぐに出た。

「何か見つかったか?」

スピーカー越しに涼介の声が聞こえる。「スマホは、田中パン屋の上のアパートから反応がある」

そう、翼が住んでいる場所だ。

英一郎の顔が、太陽を覆う嵐雲のように暗くなる。これは、愛人に会う口実ができて喜んでいる男の顔ではない。

「あのクソ女……」と彼が唸る。その声に含まれた毒気に、私はびくりと身をすくめた。

待って。私のスマホが翼のところにあることに、彼は怒っているの?

混乱するとか、心配するとか……あるいは、少なくとも激怒する以外の反応があるべきじゃない?

英一郎は鍵と、これまで持ち帰ったことのない拳銃を手に取り、何か厄介事が起こると予感しているかのように、その拳銃を点検している。

「ありがとう、涼介。ここからは俺がやる」

『何をやるっていうの?』私は叫びたかった。一体全体、何がどうなってるの?

英一郎は家を飛び出し、私はいつものように彼の後ろに引っぱられていく。彼は、歯が砕けてしまうのではないかと思うほど固く顎を食いしばり、市中心部に向かって車を走らせた。

田中パン屋の前に車を停め、英一郎はしばらく車内で、明かりの灯る翼のアパートの窓をじっと見つめていた。彼のスマホが震え、彼は発信者IDを確認せずに応答する。

「村上だ」

「村上さん、監察医務院の鈴木です」その声はきびきびしていた。「ゴミ処理施設で見つかった遺体のDNA鑑定結果が出ました」

存在しないはずの私の血が、氷に変わる。DNA鑑定結果。

それが私だと、彼に告げられる。

彼の妻が死んだと、彼に告げられる。

英一郎の顔が真っ白になる。「それで?」

「一致しました。被害者は村上佳奈です。気の毒ですが、村上さん。今日見つけた遺体は……村上さんの奥さんです」

スマホが英一郎の手から滑り落ち、パトカーの床にカタリと音を立てて転がった。

今、彼は私が死んだことを知った。

そして、彼は私を殺した女のアパートの外に座っている。

英一郎の手が震え始める。彼は震える指でスマホを拾い上げた。

「……間違いないのか?」

「間違いありません。DNAは完全に一致しました。心からお悔やみ申し上げます」

英一郎は電話を切り、ただそこに座って翼の窓を見つめている。彼の顔は悲しみと、そして何か別のもの――怒りのように見える感情――の仮面をかぶっていた。

彼は知っているの? 彼女がやったと知っているの?

だから、私のスマホがここにあることに、あんなに怒っていたの?

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