第10章

神南湾の実家に戻って半年が経ったが、私と高嶺晴人の関係は一向に進展していなかった。

私たちは仲が良く、親密とさえ言えた。けれど話題が「正式な交際」という確かな定義に触れるたび、私は無意識に尻込みしてしまい、心の一部が欠けたようで、どうしても覚悟が決まらなかった。

東京での恋が残した傷跡は、想像以上に深かった。あの宙ぶらりんで、認められない苦しみが、確かな関係に対する本能に近い恐怖を私に植え付けていた。

あの日までは。

私は隣の民宿へ高嶺晴人を訪ねた。半開きのドアを押すと、彼がスーツケースを整理しているのが見えた。

銀色のケースが壁際に立ち、彼は背を向けて数枚のシャツを畳...

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