第5章

母の高嶺晴人への気に入りようは、もはや私が困惑するレベルに達していた。何かと理由をつけては彼を夕食に招き、言葉の端々にあからさまな暗示を込めてくる。

「晴人君は本当に好青年だねぇ……」母は漆塗りの椀を拭きながら、窓の外で釣り道具を整理している背中を見て感嘆の声を漏らした。「ほら、あんな力仕事までお父さんの手伝いをしてくれて。顔もいいし、もし結衣があの人と一緒になったら、孫はきっと——」

「お母さん、お願いだから変な気回さないで」私は呆れて母の言葉を遮り、水切りした皿を重ねた。

決して高嶺晴人が悪いと言っているわけではない。むしろ逆だ。ふとした瞬間に、玄関のハンガーにかかった彼の黒いコートが目に入ったからだ。

それはイタリア・ナポリの老舗による手縫いのオーダーメイド品だった。東京にいた頃、椎名湊が同じブランドのものを着ているのを見たことがある。一見地味なそのコート一着で、この海辺の町の一般家庭の半年分の生活費が飛ぶ。

この気さくで穏やかに見える音楽家は、本質的には椎名湊と同じ、私が本当の意味では決して馴染めない「上流階級」の人間なのだ。

だが、彼には確かに人を惹きつける抗いがたい親和力があった。特に年配者に対しては。重い漬物石を運ぶのも、父が近海の漁獲量が減ったと愚痴るのに絶妙な相槌を打つのも、彼の振る舞いは完璧だった。普段は無口で誰に対しても辛口な父でさえ、今では彼を褒めちぎっている。

大晦日のこの日、母は当然のように彼を家に招き入れた。

私は台所で声を潜めて抗議した。「お母さん、今日は大晦日だよ? 家族団らんの日に他人を呼ぶなんて気まずいでしょ」

母は私を睨みつけ、包丁でまな板をトントンに叩いた。「晴人君が隣の民宿で一人ぼっちなんて可哀想じゃないか。正月早々、コンビニの冷たい弁当を食べさせる気かい?」

私は言葉に詰まり、高嶺晴人が我が家のこたつに入るのをただ見ているしかなかった。あの高価なコートを脱いだ彼は、柔らかなベージュのセーターを着ていて、温かく無害に見えた。

「お母さんの料理は、香りだけでお正月が来たって感じがしますね」彼は目を細めて言った。

母は目尻を下げて彼の茶碗におかずを放り込む。「口に合うならたくさんお食べ、遠慮はいらないからね」

昨夜、イライラして彼にきつく当たってしまったことを思い出し、私は詫びの印として熱々の年越しうどんを作って彼に出した。

「あの……昨日は態度が悪くてごめんなさい。これ、お詫びです」私は少しぎこちなく丼を彼の前に滑らせた。

高嶺晴人は一瞬きょとんとし、すぐに瞳の奥に柔らかな光を宿した。彼は丁寧に手を合わせ「いただきます」と言ってから、一口すすった。

「結衣さんが作ったうどん、すごく優しい味がする」

彼のあまりに率直な口調に、用意していた社交辞令が喉の奥で詰まってしまった。

日本酒が進むにつれ、食卓の雰囲気はさらに熱を帯び、母の話の矛先はついに独身女性にとって最も息苦しい話題へと戻ってきた。母は私をちらりと見ると、大袈裟にため息をついた。

「結衣、あんたいつになったら彼氏の一人でも連れてきて安心させてくれるんだい? もういい歳なんだから……」

高嶺晴人がいる前で、私は恥ずかしさのあまり床に穴を掘りたくなった。「お母さん! 大晦日に何言ってるの!」

しかし高嶺晴人は箸を置き、微笑みながら私を見た。まるで当然の事実を述べるかのように穏やかな口調だった。

「結衣さんはこんなに素敵なんですから、東京でもモテモテでしょう。お母様、ご心配には及びませんよ」

母は口を尖らせた。「安心なんてできるもんかね。この子、誰に似たんだか……小さい頃はあんなに可愛かったのに」

そう言うと、母は何か名案を思いついたように手を打った。「そうだ! 晴人君、この子の小さい頃の写真見せてあげる!」

「お母さん!」私は公開処刑を阻止しようとした。

「いいですね、光栄です」高嶺晴人は興味津々で応じた。

……

食後、母は本当にあの分厚い家族アルバムをこたつの上に持ってきた。

「ほら、これ七五三の時。振袖着て、顔が大福みたいに真ん丸でしょ」

「これは小学校の学芸会。見てこのお化粧、近所の人たちがお人形さんみたいだって……」

母が私の消し去りたい黒歴史を次々とめくる横で、父は紅白歌合戦を見ながらへらへら笑っている。私は居ても立ってもいられず、アルバムを閉じようと手を伸ばし、情けなさで声を潜めた。

「母が大げさなだけだから、真に受けないで。見たくないなら無理に付き合わなくていいから……」

高嶺晴人は顔を上げた。その深い瞳には暖色の照明が映り込み、そこにはお世辞も嘲笑も一切なかった。

「無理なんてしてないよ」

彼は写真の中の、天真爛漫に笑う少女を指差し、真剣に言った。

「お母様の言う通りだ。小さい頃の結衣さん、本当に可愛い」

その瞬間、心臓がトクンと音を立てた気がした。

紅白歌合戦が終わり、遠くの寺から除夜の鐘をつく準備の音が聞こえてきた。

私はダウンジャケットを羽織り、缶ビールを持って二階のベランダに逃げ出した。

外の空気は冷たく澄んでいて、潮の香りが混じっている。

神南湾の港の夜空に、冬の花火がぽつりぽつりと咲き始めていた。東京湾の花火大会のような壮大さはない地方の安っぽい花火だが、漆黒の海面で弾ける様は、泣きたくなるほど鮮やかだった。

その儚い光を見ながら、私は友人が送ってきたLINEを思い出していた。

彼女曰く、椎名湊は宮下果歩を連れて軽井沢の星野リゾートで年越しをしているらしい。

友人はメッセージの中で、もどかしそうに私を責めていた。

「あんなに長くそばにいたのに、どうして本命になれなかったの? 椎名家に嫁いていれば、一生安泰だったのに!」

私は夜空に向かって苦笑し、冷たいビールを煽った。

そう、私は本当に浅ましかった。

彼らは今頃、貸切風呂に浸かって甘い時間を過ごしているに違いない。これからの彼の人生に、彼の新年に、私のような「物分かりのいい友達」の席はもう用意されていないのだ。

彼の輝かしい人生設計の中に、最初から私の場所なんてなかったように。

自分が馬鹿だったことはわかっている。

彼から好きだと言われたこともないのに、曖昧な関係を続け、「友達」という名の泥沼に沈んでいった。

理由は一つ——彼を愛しすぎていたから。彼を失う痛みに耐えられなかったから。

たとえそれが自分を騙すような親密さであっても、都合よく呼び出される卑屈さであっても、「私は彼を手に入れている」という錯覚を与えてくれた。

けれど現実は、その偽りの喜びなんて目の前の花火のようなものだ。

賑やかに見えても、風が吹けば一瞬で、冷たい夜風の中に消えてしまう。

「ここ、いいかな?」

温和な声が私の思考を遮った。

振り返ると、高嶺晴人がギターを抱えて掃き出し窓のそばに立っていた。

私が頷くと、彼は椅子を引いて座った。煙草に火をつけるでもなく、軽く弦を弾いた。

乾いたギターの音が、遠くから響く重く長い除夜の鐘の音と混ざり合い、意外なほど調和していた。

「一人で年越しなんてしてていいの? ご家族は?」さっきの母の言葉を思い出し、私は間を持たせるために聞いた。

高嶺晴人は弦に指を置いたまま、漆黒の海面に視線を向け、淡々と言った。

「彼らは遠いところにいるから」

私は胸が痛み、彼の傷に触れてしまったかと思い慌てて謝った。「あ……ごめんなさい、知らなくて……」

高嶺晴人はこちらを向き、私が焦っているのを見て目に笑みを浮かべた。

「いや、物理的な意味で遠いってこと。両親は今頃、南半球の豪華客船でクルーズを楽しんでるよ。夏の太陽を浴びてるんじゃないかな」

私は口をつぐんだ。さっきの同情心が滑稽に思えた。

高嶺晴人は思わず吹き出し、冷たい風にむせて咳き込んだ。彼はギターを置き、極めて自然な動作で、私がサイドテーブルに置いていたビールを手に取り、一口飲んだ。

私は呆気にとられ、しどろもどろに指摘した。

「あの……それ、私が口つけたやつ」

彼の動きが一瞬止まった。すぐに何事もなかったかのようにその缶ビールを握りしめ、足元から未開封の新しい缶ビールを一本取り出して私に渡した。

「ごめん」

口では謝りながらも、彼はその缶を私に返そうとはせず、元の方を飲み続けた。まるで間接キスなど気にするほどのことではないと言わんばかりに。

気まずさを誤魔化すため、私は新しいビールを受け取り、強引に話題を変えた。

「神南湾なんて田舎、冬は退屈でしょう。普段どうやって時間潰してるの?」

「んー……」彼は再びギターを抱え、柔らかな旋律を爪弾いた。「港を散歩したり、波の音を聞いたり。ここの海の音は、東京とは違う。質感があるんだ」

「私も不思議だったの。高嶺さんみたいな人がどうしてこんな寂しい場所に来たのか」

「インスピレーションを得るためかな」彼は目を細めて遠くの漁火を見た。「ここの冬は特別美しいと思うよ。なんていうか……心が静まる寂寥感がある」

「それはあるかも」私はダウンをきつく巻きつけた。「で、いつ東京に帰るの?」

その質問に対し、高嶺晴人はすぐには答えなかった。

ギターの旋律だけが空気に溶け込み、百八つ目の鐘の余韻と重なる。

しばらくして、彼は指を止め、首を傾げて私を見た。口元に微かな笑みが浮かぶ。

「春には帰る予定だったんだけど。今は……もう少し長くいてもいいかなって思ってる」

「どうして?」

彼の視線が私の顔に落ちた。その瞳には、今まで見たことのない深みがあった。

「ここで、すごく面白い——」

その時、テーブルに置いていた私のスマホが唐突に震え出し、この微妙な空気を引き裂いた。

画面が光り、見知らぬ番号が表示されている。

高嶺晴人は心得たように言葉を切り、弦を押さえて立ち上がると、部屋の中を指差して席を外す合図をした。

私は彼が部屋に入っていく背中を見送り、深呼吸をしてから電話に出た。

「もしもし?」

電話の向こうは息が詰まるような沈黙だった。背景から微かに賑やかな笑い声が聞こえる。

数秒後、かつて私の心を支配していたあの声が聞こえてきた。少しの酔いと、不確かな響きを伴って。

「結衣、携帯の番号変えたのか?」

椎名湊だった。

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