第3章
「はい」
思わず、そう口にしていた。
涼の顔がぱっと輝いた。「よかった! 上に着替える場所がありますから、必要ならどうぞ。初心者向けのサーキットを組んでおきますね」
初心者向け。ねえ。この拷問部屋みたいな地下室で。
彼は私に小さなタオルを手渡し、廊下の奥にあるドアを指さした。「ごゆっくりどうぞ。俺は下で準備してますから」
私はバスルームに鍵をかけて、鏡に映る自分を睨みつけた。何やってるのよ、真優? でも、もうジムバッグを漁って、一番お気に入りのトレーニングウェアを探していた。脚が最高にきれいに見える黒のレギンスと、あからさまではないけれど、ほどよく胸の谷間を強調してくれるスポーツブラのセット。
もし今日、ここで死ぬ運命なのだとしたら、せめて見栄えのいい姿で死にたい。しっかりしろ、真優!
階下に戻ると、涼は隅のスペースを片付け、ごく普通のトレーニングエリアのようなものを用意してくれていた。恐ろしげな器具はどこにも見当たらない。ただマットと、いくつかのダンベル、それにレジスタンスバンドがあるだけ。
「これなら?」私が神経質に部屋を見回しているのに気づいて、彼が尋ねた。
「ずっといいです」私は認めた。
「まずはウォームアップに、ダイナミックストレッチから始めましょう」
私がりょう足のつま先に手を伸ばすと、彼は私の背後に立った。とたんに、空気が張り詰めた気がした。彼が一つ一つの動きを指導してくれる声は低く、すぐ耳元で響く。
「そう、今度は体をひねって……完璧です」
彼の胸から伝わる熱を感じる。彼のコロンと、彼自身から香る清潔で男性的な匂いが混じり合っている。手が優しく私の肩を直したとき、触れられた肌がピリッと痺れた。
集中しなさい、真優。これは仕事の一環のはず。
でも、彼が位置を直すたび、何気なく体に触れられるたび、あの低い声で「いいですよ」と言われるたびに、そもそも何に怯えていたのかを思い出すのが難しくなっていく。
「本格的なトレーニングの準備はできましたか?」彼は軽いダンベルを手に取って言った。
私は頷いた。声がちゃんと出る自信がなかったからだ。
「スクワットから始めましょう。コンテンツ作りにも最適ですよ。みんな、美尻の秘訣が知りたいですからね」
彼の笑みは悪戯っぽくて、私は頬が熱くなるのを感じた。
彼はまず自分で動きを見せてくれた。シャツの下で筋肉が動く様子から目を逸らそうとしたけれど、まったくの無駄だった。
「あなたの番です。フォームが完璧になるように、補助しますから」
私が体勢を整えると、彼は背後に回った。「もっと低く、こうです」彼の手が私の腰に添えられ、下への動きを導く。「ここに効かせる感じで」彼の指が太ももの外側に軽く触れ、どこの筋肉を意識すべきかを示してくれた。
ああ、もう。確かに何かを感じていたけれど、それは太ももだけじゃなかった。
動きを補助してくれる彼との間、背中と胸の距離はほんの数センチ。体を下げるたびに、彼の温もりと、彼に包み込まれているような存在感を感じる。
「完璧です」彼が囁き、私はその場で溶けてしまいそうだった。
彼の手が体に触れる感覚に我を忘れていた、まさにその時だった。家のどこかから、雷鳴のような声が轟いた。
「容赦するな! この腑抜けが!」
私はビクッと体を起こし、危うく涼さんの胸にぶつかるところだった。
「大丈夫ですか?」彼の手がすぐに私の両肩に置かれ、体を支えてくれる。「緊張しているみたいですね」
緊張? 怯えてるんですけど。
「ただ……すごい声だったので」私はなんとかそう言った。
涼はくすくすと笑った。「親父が軍関係のクライアントとトレーニングしてるんですよ。かなり熱が入るんで。そのうち慣れますよ」
慣れる、ね。まるで私がここに定期的に通うみたいじゃない。その考えは、恐ろしくもあり、同時にワクワクするものでもあった。
「上半身のトレーニングに移りましょうか」父親の怒鳴り声にはまったく動じた様子もなく、彼は言った。
彼は私にダンベルをひと組手渡し、バイセップカールを実演してみせた。彼が腕を持ち上げるとシャツがわずかにめくれ、引き締まった腹筋がちらりと見えて、私の口は渇いた。
プロに徹するのよ、真優。プロに。
でも、彼の動きを見ているのは、まるで芸術を鑑賞しているようだった。すべての筋肉が完璧に連動し、彼は何もかもをいともたやすくこなしているように見えた。
「さあ、どうぞ。体幹をしっかり締めて」
彼の視線を意識しながら、私は動き始めた。重りを少しふらつかせると、彼は一歩近づいてきた。
「ほら、手伝いますよ」彼の手がダンベルを握る私の手を覆い、動きを導く。「ここで筋肉が収縮するのを感じますか?」
たくさんのことを感じていたけれど、筋肉の収縮が一番ではなかった。
階上からまた怒鳴り声が響き、続いて重い物が床に叩きつけられるような音がした。私は再び身をこわばらせたが、涼は何事もなかったかのようにエクササイズを続けた。
上で誰かが怪我をしているかもしれないのに、どうしてこんなに落ち着いていられるんだろう?
「ラストセットです」と彼は言った。「すごくいいですよ」
最後のストレッチに移る頃には、私の神経は、惹かれる気持ちと不安が入り混じった、わけのわからない状態に落ち着いていた。私たちはヨガマットの上で向かい合って座り、脚を伸ばした。
「前に倒れて、つま先に触れるようにしてください」彼が指示する。
私が前に体を傾けると、彼は支えるために片手を私の腰の低い位置に置いた。その接触が、私の中にまっすぐ電気を走らせた。
「ストレッチしながら呼吸して」彼は優しく言った。
彼の緑色の瞳は、私の反応を探るかのように、私の顔にじっと注がれていた。視線が交わったとき、私たちの間にフィットネスとは何の関係もない火花が散った。
「今日は本当によく頑張りましたね」片付けながら彼は言った。「僕たち、うまくやっていけそうですよ」
「ありがとうございます。これは……強烈でした」いろんな意味で。
彼は、さっきまで気づかなかったミニ冷蔵庫から水のボトルを二本取り出し、一本を私に手渡した。受け渡しの際に指が触れ合い、私は確かに衝撃を感じた。
「提案があるんです」彼はマットに座り直して言った。「うちの施設、いつでも好きな時に、完全に無料で使ってくれて構いません。その代わり、あなたのコンテンツでうちを紹介してほしいんです。フォロワーに、本物のファミリーフィットネスがどんなものか見せてあげてください」
信じられないほど気前のいい申し出だった。もしかしたら、気前が良すぎるくらい?
「それはすごいですけど、そんな風にただ利用させてもらうわけにはいきません」
「利用なんかじゃありませんよ。うちは宣伝効果が得られますし、あなたはフォロワーが喜ぶようなユニークなトレーニングにアクセスできる。お互いにメリットがあるんです」
彼の言う通りだった。私の視聴者はこのファミリージムのコンセプトに食いつくに違いない。特に、今日目撃したような激しさを映像に収めることができれば。
「それに」彼は私の胃がひっくり返るような笑顔で付け加えた。「俺があなたのパーソナルトレーナーになります。毎回のセッションで最大限の効果が得られるように、しっかり見ますから」
パーソナルトレーナー。この地下室で、彼に体に触れられ、彼の声を耳元で聞きながら、二人きりの時間が増えるということ。
「わかりました」私は言った。「乗ります」
私たちは立ち上がり、握手をして契約を交わした。彼の温かくて硬い手のひらが、私の手を完全に包み込んだ。
「決まりですね。準備ができ次第、いつでも撮影を始めましょう」
私たちは階段に向かって歩き始めた。もう頭の中で最初の「佐藤ファミリーフィットネス」動画の計画を立てていた。その時、彼が階段の一番下の段で立ち止まった。
「明日の夜、夕食でも食べながら詳細を話し合いませんか? 街にいい店を知ってるんです」
私の心臓が小さく跳ねた。「夕食、ですか?」
「たいしたものではありませんよ。ただ、コラボの計画をきちんと立てる機会になればと。それに……」彼は言葉を切り、その緑の瞳が私の目をとらえた。「真優のことを、もっと知りたいんです」
ええ⁉これはデート? ビジネスミーティング? それとも両方?
「いいですね」自分の声がそう言うのを聞いた。
彼の笑顔が、何よりの答えだった。
