第109章 二度と戻らない

タクシーが、彼女の借りている住宅街の入り口に停まっても、夏目霧子は後部座席から動かなかった。

窓越しに、あの建物を見つめる。

一か月前。ここからグランドレジデンスへ戻ったとき、もう二度と戻らないと思っていた。

「お客様? 着きましたよ」

運転手が振り返って声をかける。

霧子は我に返り、料金を払うと、自分でトランクからスーツケースを引き出した。

部屋に入る。スーツケースを壁際に立てかけ、窓を開けた。

窓辺に立った瞬間、スマホが鳴る。

表示された名前は、浅野弦。

一瞬だけ迷ってから、通話に出た。

「霧子、今日……あの部屋に戻ったのか?」

霧子は目を瞬いた。

「先輩、どうし...

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