第57章 赤ワインを全身にかけられる

黒崎逸臣はネクタイを緩め、シャツの上のボタンを二つ外すと、真革のシートへ深く身を預けた。

「黒崎家の若奥様が外で赤ワインを浴びせられた。恥をかくのは――俺だ」

感情の起伏などない、淡々とした声だった。

夏目霧子は指先をわずかに丸め、口元を自嘲気味に引きつらせる。

やっぱり。

期待するだけ無駄だ。黒崎逸臣が守りたいのはいつだって黒崎家の体面で、霧子の心配なんて最初からない。

「今後は姉さんに近づくな」

逸臣は顔を横に向け、彼女のスカート裾に広がる暗い赤の染みへ目を走らせた。

「頭が回ってないんだ。お前が相手にしてどうする」

「先に絡んできたのは、あっちよ」

霧子はこらえきれ...

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