第76章 彼は彼女をだました

家に着くと、夏目霧子は車のドアロックを確認し、運転席にしばらく座ったまま動けなかった。

ようやく息を整えてから、ゆっくり降りる。

額の傷は深くない。擦りむけただけだ。帰宅して消毒し、絆創膏を貼れば隠せる程度。

パジャマに着替え、ベッドの端に腰を下ろしたところでスマホが鳴った。

画面に表示されたのは、黒崎逸臣の名前。

夏目霧子はその名前を二秒見つめてから、通話を取った。

「……どうしたの?」

「家、着いたか」

受話口越しでも分かる。いつもどおり、冷えた声。

「着いた」

霧子の声は、どうしても震えが混じった。

さっきの衝撃は大したことはないはずなのに、神経の糸がまだ張り詰め...

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