第90章 辞職届

病室は、しんと静まり返っていた。

浅野弦はナースステーションへ出て、看護師に何かを伝えに行った。夏目霧子はひとりベッドに横たわり、天井を見つめたまま動けない。

頭の中で、あの場面だけが何度も巻き戻される。

豪雨。高架橋。

黒崎逸臣が水野菜々美を抱きかかえ、振り返りもせず走り去った。

霧子は彼の名を呼んだ。

彼は一瞬だけ足を止めて――それでも結局、行ってしまった。

夏目霧子は布団を引き上げ、顔の半分を隠す。

目はからからに乾いて痛いのに、涙は一滴も落ちてこない。

スマホを取り出し、林田圓子のトーク画面を開いた。

指先で文字を打っては消し、また打ち直す。何度も繰り返して、最後...

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