第10章 誘拐される

ナタリー視点

私は指先でそっと紙袋の縁をなぞりながら、ショッピングモールを出て、そのまま車に乗り込んだ。

それからスマホを取り出し、エルヴィンに電話をかける。

コールは三回でつながった。

「ナタリー」

「スーツの用意ができました」と私は言う。「どちらへお送りすれば?」

受話器の向こうで、エルヴィンが小さく笑った。

「送らなくていい。君が直接持ってきてくれ。明日の午後、ゴルフクラブへ。私はコースにいる」

「ゴルフクラブに?」

「何か問題でも?」

「いいえ。伺います」

通話を切り、私はそのまま車を出して家へ向かった。

だが、帰宅してまず驚いた。屋敷に明かりがついていたのだ。

レヴィはキッチンにいた。調理台にもたれ、シャツの袖を肘までまくり上げている。

私が入ると、彼は顔を上げた。表情がふっとほどけ、そこにわずかなぬくもりが差す。

「遅かったな」

責める響きはない。むしろ柔らかい。

私は曖昧に答えた。

「ちょっと用事があって」

彼は頷いただけで、それ以上は聞かなかった。

「夕食を作った。お前の好きなクリームパスタだ」

本当に彼が作ったのだ。キッチンには、にんにくとバターの香りがふわりと満ちていた。

その瞬間――まるで昔に引き戻された気がした。

結婚して最初の年に。

レヴィは何億ドルもの契約をまとめて帰ってきたあとでも、キッチンカウンターの前でぎこちなく立ち、必死に私のために料理を作ってくれた。

あの夜の数々は、たしかに本物だった。

私は彼の向かいに座り、黙って食べる。

パスタはおいしかった。ずっと、そうだった。

「明日は仕事の用がある」

彼は何気ないふうにフォークを回しながら言った。

「家にはいられない。お前、一人でも平気か?」

仕事の用。

その言葉が何を意味するのか、今の私にはよく分かっている。

「ええ、もちろん」

私は顔も上げず、食事を続けた。

「一人で大丈夫よ」

彼はしばらく私を見ていた。私の顔から何かを読み取ろうとしているようだった。

でも、私は何ひとつ与えない。

「それならよかった」

彼は穏やかに笑う。

「最近、前よりずっとうまくやれてる気がして嬉しい」

前よりうまくやれている。

私の沈黙を、ずいぶん都合よく解釈したものだ。

翌日の午後、私は車でゴルフクラブへ向かった。

そのクラブは丘の中腹に建っていた。私は衣類の入った袋を提げて車を降り、入口へ向かう。

数歩も進まないうちに、クラブのエンブレム入りのポロシャツを着たスタッフが近づいてきた。

「ペレス様でしょうか」

私は頷く。

「はい」

彼は一礼した。

「こちらへどうぞ」

案内されるままクラブハウスを抜け、練習場へ向かう。

そこで私はエルヴィンを見つけた。

練習場の奥で、たった一人、クラブを振っている。

力みのない、それでいて正確なフォーム。少し離れているだけなのに、人目を奪う存在感があった。

声が届く距離まで近づく前に、エルヴィンがこちらに気づいた。

スイングの頂点で動きが止まり、ゆっくりとクラブを下ろしてこちらへ向き直る。

「ナタリー」

深い眼差しが袋へ流れ、唇の端が持ち上がった。

「本当に来たんだな」

「言ったことは守るわ」

私は袋を差し出した。

「気に入ってもらえるといいけど」

彼はそれを受け取り、中身をちらりと確かめる。

口元の笑みが少し深くなった。

「悪くない。服を選ぶ目は確かだな」

そこで、わざと間を置く。

「男を見る目よりは」

その一言は針のように胸へ刺さった。

彼はたやすく、私の一番痛い場所を突いてくる。

私はできるだけ軽い調子で返す。

「せっかく来たんだもの。ひとつ聞いてもいい?」

「何だ?」

「この前のパーティーで言っていた仕事の話。あれ、まだ有効?」

エルヴィンは私をじっと見た。

また、あの底の見えない目。まるで私の内側まで見透かしてしまうような視線。

やがて彼はショッピングバッグを脇に置いた。

「スーツは受け取る」

小さく首を傾け、その目にわずかな面白がる色が宿る。

「だが仕事の話は次回だ」

意外だった。

「次回? どうして?」

「ゴルフ場で採用を決める趣味はない」

低く、耳に残る声。そこにかすかな戯れっぽさが混じる。

「月曜の朝9時、デイヴィス・グループ本社に来い。準備ができているなら、そのとき正式に話そう」

そう言い終えると、彼はもう私との会話が終わったかのように再びクラブを構えた。

私はその場に立ったまま、彼のスイングを見つめる。

表向きの態度は軽い。いかにも気まぐれで、深く考えていないようにも見える。

けれど、違う。

彼は私を適当にあしらったわけではない。

ちゃんと面接するつもりなのだ。

それは、私を一人の人間として真剣に扱い、敬意を払っている証だった。

私は小さく首を振り、胸の中でそっと笑ってから、その場をあとにした。

レヴィ視点

クラブに来たのは、リリアンがずっと不満をこぼしていたからだ。

ゴルフを習いたいと言うから、俺は了承した。

最近の大抵のことと同じで、求められればそのまま応じていた。

だが、練習場を見下ろすテラスに足を踏み入れた瞬間、頭の中が真っ白になった。

そこにいたのはナタリーだった。

しかも、エルヴィンと一緒に。

ナタリーは服の入った袋を手にし、エルヴィンと話している。

俺の指が、ぎりっと手すりを掴んだ。

昨日、店のショーウィンドウ越しにナタリーを見かけた。

あいつは真剣な顔でスーツを選んでいた。

俺は当然、自分へのものだと思っていた。

仲直りのための贈り物。戻ってきたいという合図。そう信じていた。

だが違った。

そのスーツは、エルヴィンに渡された。

俺にじゃない。

二人はまだ話している。

エルヴィンが何かを口にし、ナタリーは彼を見上げて、少し首を傾げながら笑った。

その表情を、俺はもう長いこと見ていない。

「レヴィ? どうしたの?」

リリアンが俺の視線を追って隣へ来る。

俺はとっさに体をずらし、彼女の視界を遮った。

「何でもない」

無理やり手すりから手を離す。

「行くぞ」

そう言ってテラスを離れたが、さっきの光景は焼き印みたいに脳裏へ刻みついて離れなかった。

ナタリー視点

帰り道、私は何週間ぶりかで気分がよかった。

エルヴィンは、この業界でそう簡単に手が届く相手じゃない。

そんな彼が私に機会をくれた。それだけで十分だった。

家まであと2マイルほど、というところで、バックミラーに黒いバンが映った。

最初は気にしなかった。配送車か何かだろうと思ったのだ。

でも――その車は加速した。

ほんの数秒で距離を詰め、猛然とこちらへ突っ込んでくる。

私は反射的にハンドルを右へ切った。

タイヤが路肩の砂利を噛み、車体ががたんっと大きく揺れる。

息を整える暇もない。

前方には、いつの間にか黒いSUVが現れ、進路を塞いでいた。

まずい。

全身の毛穴が一気に開くような感覚に襲われ、私は慌ててスマホを掴み、ろくに画面も見ずメッセージを打つ。

送信先は、一番上の連絡先――エルヴィン。

けれど指先が滑った。

送信ボタンを押したその瞬間、私の車は完全に行く手を断たれた。

私はブレーキを思い切り踏み込む。

スマホが慣性で宙を飛び、どこかへ転がっていった。

次の瞬間、二台の車のドアが同時に開いた。

黒ずくめの男たちが何人も降りてくる。

私は大急ぎでドアロックに手を伸ばした。

でも、遅かった。

男たちの動きは異様に速い。

ドアがこじ開けられ、手袋をはめた手が車内へ突っ込み、私の手首を乱暴に掴んだ。

私は必死に抵抗した。

蹴る。引っかく。叫ぶ。

だが、口と鼻を布で塞がれる。

甘ったるい化学臭がむっと押し寄せ、息が詰まった。

「このアマ、おとなしくしてろ」

耳元で、見知らぬ男の荒い笑い声が弾ける。

視界が、ぐらりと滲んだ。

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