第32章 屋を愛して烏を及ぶ

佐藤補佐が車を降り、綾瀬悠希のためにドアを開けた。

「綾瀬先生、お先にどうぞ。ここは私が処理しますので」

藤堂譲とは少し距離を置きたいものの、今は恐ろしい加藤美咲から逃れる方が先決だった。綾瀬悠希は急いで車に乗り込む。

藤堂譲と二人きりになるとどうも緊張してしまう。しかし、人の車に乗せてもらっている以上、一言も話さないわけにもいかない。綾瀬悠希は藤堂譲に視線を向け、気まずくも礼儀を失わない笑みを浮かべた。

「藤堂さん、どうしてこちらに?」

「通り道だった」

車外にいる佐藤補佐は、藤堂社長もよく言うものだと心の中で思った。まったく通り道などではなく、わざわざ綾瀬先生を迎えに来た...

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