第55章

長川貞也が、怒気をまとってこちらへ歩いてくる。

けれど橋野悠希は、彼の様子など気にも留めなかった。腹の奥が、きゅう、きゅうと波のように痛む。自分で脈を取り、問題ないと確かめてから、ようやくゆっくり背筋を伸ばす。

「……ありがとう」

隣の朝日静哉へ、短く礼を言った。

朝日静哉は長川貞也を知っている。父が長川のところで酒を発注していることも。だが今は、それより橋野悠希の顔色のほうが気になった。

眉をきつく寄せたまま、彼はまだ手を離さない。

「本当に平気ですか。めまいは」

何度も確認し、悠希が首を振るのを見て、ようやく指がほどけた。

その一連が、長川貞也の目には「名残惜しく手を離せ...

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