第3章

エララ視点

 私は凍りついた。

 ゆっくりと、振り返る。

 ニーラは私たちの十歩後ろに立っていた。彼女の両脇には六人の氷刃守衛が控え、すでに武器を抜いて構えている。

「逃げて」彼女は面白そうに小首を傾げた。「さあ、続けて。どうして止まったの? あのトンネルではあんなに素早く逃げていたのに」

 レナが私の背中にしがみつく。ひどく震えていて、破れたドレス越しでもそれがはっきりと伝わってきた。

「私が気づかないとでも思った?」ニーラの笑みが深くなる。「あの通路には監視用のルーンが張り巡らされているのよ。あなたが這い入った最初の一秒から、ずっと見ていたわ」

 心臓が冷たく縮み上がった。

 最初から逃げ道などではなかったのだ。

 ただ通路が少し長いだけの、檻。

 ニーラは通信用の水晶を掲げ、共鳴放送のスイッチを入れた。まるで世間話でもするかのような、何気ない仕草で。

「ケール兄。いい知らせよ」

「なんだ?」ケールの声が響く。ひどく疲労しているようだった。「今、聖域にいる。セリーヌがもうすぐ産気づくところだ」

「あなたの愛すべき奥様が、逃げ出そうとしたの」ニーラは甘ったるく、ねっとりとした口調で告げた。「私が捕まえたわ。ああ、そうそう。彼女、うちの使用人をたぶらかして手伝わせていたのよ」

 通信の向こう側で、完全な沈黙が落ちた。

「今?」ケールの声が氷点下まで冷え込んだ。「彼女は、今、そんなことをしたのか?」

「違う――ケール、私はそんな――」

 守衛のブーツが私の腰を蹴り上げた。私は崩れ落ち、顔から石の床に突っ伏した。

「まだ口答えしているのか?」ケールが鼻で笑う。「いいだろう。ニーラ、どんな代償を払うことになるか、思い知らせてやれ」

「了解」ニーラは通信を切った。

 彼女はレナに向き直り、指を鳴らした。

「跪きなさい」

 守衛がレナの膝の裏を蹴り飛ばした。彼女は激しく石畳に打ち付けられ、言葉にならないほど激しく泣きじゃくった。

「お願いです」レナはむせび泣きながら懇願した。「ニーラお嬢様、どうか、私にはまだ六歳になる娘がいるんです!」

 ニーラはしゃがみ込み、片手でレナの顔を包み込んだ。恐ろしいほど優しい手つきで。

「娘? なんて可愛らしい」彼女の親指がレナの涙を拭う。「お母さんが家に帰ってこなかったら、その子がどうなるか、ちゃんと考えておくべきだったわね」

「殺さないで! なんでもします――なんでも――」

「なんでも?」ニーラは立ち上がり、ジャケットの皺を伸ばした。

 そして、微笑んだ。

「なら、死んで」

 彼女は、氷息の魔導具を構える守衛に顎で合図した。

 守衛が口を開く。

 青白い氷の咆哮が彼の喉から噴き出した。古代の氷竜の持つ、命を奪うほどの絶対零度が、一筋の光線へと圧縮されている。

「やめて――!」私は絶叫した。

 氷の奔流が、壁のようにレナを直撃した。

 それは頭から始まった。まず髪が結晶化し、一本一本がガラスのように凍りつく。次に肌。瞳。悲鳴を上げようと開かれた口。心臓が一度打つよりも早く、私の命を救ってくれた女性は、血のように赤い氷の彫像と化していた。叫び声を上げようとした姿のまま、頬には涙が凍りついている。

 次の瞬間、月明かりに照らされた中庭で、無数の深紅の破片が弾け飛んだ。

「嘘……嫌、嫌、嫌だ――」

 私は地面を這いずり、氷の破片を掻き集めようとした。彼女の残骸を、どうにか抱きしめようと。破片は私の掌に触れると溶け出し――一瞬だけ温もりを感じさせ、そして消えた。ただの水。ただの血になって。

「レナ――レナ――!」

 見つけられたのは、彼女のドレスの裾の切れ端だけだった。私はそれを胸に抱きしめ、泣き崩れた。

「それで?」ニーラは自分の爪を眺めながら尋ねた。「まだ逃げたい?」

 答えられなかった。息もできなかった。死んだ女性の衣服の欠片を握りしめ、私のために命を懸けてくれた人の溶けゆく亡骸のそばで、私は跪いていた。

「連れ戻しなさい」ニーラは手をひらひらと振った。「本当の教育の時間よ」

 守衛たちは私を中庭から引きずり、階段を降り、再びあの氷牢へと連れ戻した。レナの血に染まった氷が、まだ私のスカートにへばりついている。

 鉄の扉が乱暴に閉められた。

 ニーラは腰のルーンケースに手を伸ばし、二本目の「氷結の血清」の注射器を取り出した。一本目よりも色が濃く、どろりとしている。投与量は二倍。

「第2ラウンドね」彼女は唇を舐めた。「今度は、私が自分でやってあげる」

「やめて……」私は朦朧とする意識の中で首を振った。「お腹の子が、耐えられない……」

「耐えられない?」彼女はしゃがみ込み、私の目の数センチのところで針を止めた。「なら、その苦しみから解放してあげましょうよ」

 針が突き立てられた。

 血管の中で氷が爆発した――以前の十倍は酷い激痛。凍てついた有刺鉄線が血管という血管を引き裂きながら、私の体内で育つ卵へと一直線に駆け巡る。

 腹の中で、卵の中の子が痙攣するのがわかった。

 一度、激しく震え。

 そして、もう一度。

 その後――

 何も動かなくなった。

「嫌――」私は両手をお腹に押し当てた。「動いて。お願い。赤ちゃん、動いて――」

 沈黙。

 次に、両足の間に生温かい感覚が広がった。血ではない。もっと悪いもの――卵の膜と粘性のある青緑色の液体が、竜の骨でできた床に広がり、水溜まりを作っていく。

「くそっ――」ニーラの顔色が変わった。得意げな表情が消え去る。「どうしてこんなに量が多いの――」

 視界がぼやけた。世界が端から内側へと折り畳まれていく。

 闇に呑み込まれる直前の、最後の瞬間に、私はそれを見た。

 竜の卵が――小さく、脆く、霜のひび割れに覆われた卵が、私の体から冷たい床へと滑り落ちた。

 ひび割れた殻の向こうに、小さな何かの輪郭が見える。丸まったまま、ピクリとも動かない。

 私の子。

ケール視点

「いきめ、セリーヌ。もう一度だ」

 出産の苦痛に顔を歪める彼女を見つめながら、俺はその手を強く握りしめた。

「卵が見えましたぞ!」聖域司祭が身を乗り出し、目を輝かせた。「もうひと息です――そうです!」

 セリーヌが叫び声を上げた。その直後、ルーンの灯りが激しく瞬くほどの音が部屋中に響き渡った。へその緒を切られ、母体から離れた卵が発する、水晶のような竜の産声だ。

「雄の卵です!」司祭の声が畏敬の念に震えた。「純粋な『焔鱗』の共鳴だ!」

 俺はその卵を見つめた。セリーヌの体から出たばかりで、まだ温かく濡れている。ローマンの跡継ぎ。ヴェイロン家の未来。

「炎の模様がローマンに似ているわ」セリーヌが出産用の祭壇から弱々しく微笑んだ。「あの隆起の形が見える?」

 彼女の言う通りだった。確かに似ている。

 胸のつかえが下りたような気がした。俺は本邸に連絡を取るため、通信用の水晶を取り出した。そろそろ、エララを聖域に連れてくる時間だ。

 水晶が繋がる。すぐにヴァンスの声が聞こえてきた。

「ケール様――」

「彼女をこちらへ連れてこい」俺は言った。「セリーヌの子が生まれた」

「エララ様ですが、彼女は……」ヴァンスが息を呑んだ。「彼女は……亡くなりました」

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