第4章

目を開けると、鼻を刺すような鋭い消毒液の臭いがした。下腹部に脈打つ、虚ろで鈍い痛み――私の子は、もういないのだ。

医師が部屋に入ってくると、抑揚のない声で告げた。

「黒木さん、元々お体が弱かったところに精神的なストレスも重なり、妊娠継続が不安定な状態でした。今回の事故が引き金となり、流産という結果に……。今はとにかく安静になさってください」

事故?

私は力なく、歪んだ笑みを浮かべたまま沈黙した。

これは事故などではない。司とあの愛人が、私の最後の希望をその手で握り潰したのだ。

退院の手続きを済ませている最中、携帯が震えた。父の古い盟友であるジャックからのメッセージだ。

『裏ルートの手配完了。スイス銀行の口座もアクティブにした。フライトは一週間後で確定だ』

画面を消した私の指の関節は、白く変色していた。

別荘に戻った時、司は不在だった。リビングのテーブルには飲みかけのウィスキーグラスが置かれ、まだ生温かい。その縁には薄いピンクの口紅――理奈が好む色――が微かに付着していた。

私は書斎へと足を踏み入れた。引き出しから折り畳まれた離婚届を取り出し、続いて流産証明書の入った茶封筒を手にする。そして最後に、バッグの中から直視することさえ憚られる「ある物」を取り出した。

夕方になり、司が帰ってきた。カフスには暗赤色のしみが点々と付いている。私を見た瞬間、彼の瞳に微かな狼狽が走ったが、すぐに心配そうな表情で覆い隠した。

「どこに行ってたんだ? 電話も繋がらなかったし」

「胃腸炎の発作よ。病院で点滴を受けてたの」

私は平静を装い、投資契約書に見せかけた離婚届を差し出した。

「前に話した画廊への投資案件だけど、確認書が必要なんだって。問題なければサインして」

司はファイルの表題に目をやっただけで、内容を詳しく確認しようともせずペンを執った。素早く最後のページをめくり、署名する。心ここにあらずといった様子で、指先は無意識にスマホを弄っていた。

「まあ、無事ならよかった。今夜は少し片付けなきゃいけない仕事があってな」

ふと、彼の視線がテーブルの上のギフトボックスに止まる。

「これは?」

私はサイン済みの書類を回収した。

「お返しよ」

司は片眉を上げた。

「何のお祝いだ?」

「これにサインしてくれたことへの」

私は微笑んだ。

「一週間後に開けてね。早く開けちゃうと意味がないから」

彼は箱を手に取り、軽く振った。音はしない。

「変な悪戯じゃないだろうな?」

「私があなたに冗談なんて通じないこと、よく知ってるでしょう?」

私の言葉に、彼の目つきが変わった。キスをしようと身を乗り出してきたが、私は顔を背ける。彼の唇は私の頬を掠めただけだった。

「疲れてるの」と私は言った。

「先にシャワーを浴びるわ」

「そうか」

司は上の空で答え、ギフトボックスをブリーフケースに押し込むと、背を向けた。

「先になんて寝なくていいぞ」

ドアが閉まった瞬間、肩から力が抜けた。

窓辺に歩み寄り、司の車が車の流れに合流し、理奈のマンションへ一直線に向かうのを見送った。

それからの数日間、司はほとんど帰宅しなかった。私は監視カメラとジャックからの報告を通じて、彼のあらゆる動きを追跡していた。

初日の深夜、港の倉庫で銃撃戦が勃発した。司は部下を率い、希少な漢方薬の在庫を奪うために血みどろの抗争を繰り広げていた――理奈が妊娠中の不眠に効くと言い張ったものだ。監視映像の中で、司が敵対組織のボスの首を自らの手でへし折るのを見た。顔に返り血を浴びながらも、彼は無表情でハンカチでそれを拭い、直後に理奈へ甘い声で電話をかけていた。

次に、敵対する街のギャングの末息子が行方不明になった。数日前にバーで理奈を口説いたという噂があった男だ。あらかじめ用意していたスーツケースに服や書類を詰めている最中、そのニュースが入ってきた。画面上の『行方不明、死亡と推定』という文字を見ても、私の指は微動だにしなかった。

その期間中、一度だけ司がコートを取りに慌ただしく帰宅したことがあった。荷造りをしている私を見て、「どこか行くのか?」とついでとばかりに尋ねてきた。

「画廊の件で、数日ほど現地視察が必要なの」

私は顔も上げずに答えた。

「あの箱、一週間後に開けるのを忘れないでね」

「ああ、わかった」

司は上の空だった。彼の携帯はずっと鳴り止まない――理奈からだ。彼はコートをひったくり、私の目に宿る決別の意志に気づきもせず、出て行った。

七日目、出発の前日。私は荷物の最終確認を済ませ、キッチンへ向かった。ガスコンロの栓を開け、その横に古新聞の束を積み上げる。リビングのソファには、私がよく着ていた白いサンドレスを着せた女性の遺体を配置した――ジャックが手配した、私の体格と瓜二つの遺体だ。

準備はすべて整った。五年もの時間を過ごしたこの別荘を一瞥し、私は外へと歩き出した。ジャックの車がすでに待機していた。

同じ頃、ダウンタウンのベビー用品店。司は理奈と一緒にベビー服を選んでいた。彼女は彼に寄り添い、甘えた声を出す。

「この青いの。見て、クマちゃんがすごく可愛いの」

司は微笑み、彼女の髪をくしゃりとなでた。そして青いベビー服を手に取る。指が生地に触れたその瞬間、ポケットの中で携帯が激しく振動し始めた。

「クソッ」

司は眉をひそめ、画面をスワイプして着信を拒否した。

「誰?」

理奈が見上げる。

「どうでもいい相手だ。次はベビーベッドを見に行こう」

再び携帯が震える。同じ部下からだ。司がまた切ろうとすると、理奈がその手を掴んだ。

「出てあげてよ。急用だったらどうするの?」

彼は苛立ち紛れに舌打ちをし、鋭い声で電話に出た。

「なんだ? 今は取り込み中だ」

電話の向こうで、部下の声が震えていた。

「く、黒木さん! 大変です! 別荘が……別荘が火事です! 消防隊が到着しましたが……その……中に女性が取り残されていると……奥様の白いドレスを着た女性が……」

司の顔から血の気が引いた。事態を飲み込む間もなく、近くのテレビ画面が臨時ニュースに切り替わった。アナウンサーの切迫した声が響く。

「緊急ニュースをお伝えします! 黒木家の別荘で大規模な火災が発生しました。現地の消防によりますと、逃げ遅れた女性一名が屋内にいる模様で、現在の安否は不明……」

画面いっぱいに、激しく燃え上がる別荘の映像が映し出される。黒煙が噴き出し、炎が空を焦がすように猛り狂っていた。

司は凍りついたように立ち尽くし、その指先から、青いベビー服が床へと力なく滑り落ちた。

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