第1章
お盆を握りしめ、配膳の列をそろそろと進む。腰のあたりで緩くなった着古しのジーンズを、意識しないように努めながら。首筋に当たる古着のタグがちくちくと痛む。――この服もまた、最初は誰か他の人のものだったのだと、否応なく思い知らされる。
さっさとご飯を受け取って、静かな隅っこを見つけるの。いつもと同じように。
そう自分に言い聞かせた。
けれど、味噌汁に手を伸ばした瞬間、背後で高価なヒールが床を叩く音が聞こえた。
黒井唄。
彼女は高橋千尋と葉山美奈を従え、まるで自分の所有物であるかのように校内を闊歩していた。窓際のいつものテーブルには、出前のピザと洒落た瓶の炭酸水が並び、さながら豪勢なピクニックといった趣だ。
「信じらんない、今日のメニュー見てよ」
黒井唄の声がカフェテリア中に響き渡る。
「本気でこんなゴミを食べる人がいるなんて」
その時、冷たい液体が背中にかかるのを感じた。
「あら、大変!」
黒井唄の声には、わざとらしい心配が滲んでいた。
「ごめんなさい、夏川雫!アイスコーヒーが手から滑っちゃったみたい!」
私は凍りついたまま立ち尽くす。べたつく液体が薄いシャツに染み込み、おそらく千円はするであろうコーヒーが、履き古したスニーカーの周りの床に滴り落ちていく。カフェテリア中の誰もが動きを止め、こちらを見ていた。
「……大丈夫」
なんとかそれだけを口にした。
黒井唄は一歩近づき、声を潜めた。
「ううん、全然大丈夫じゃないわ。片付けるの手伝ってあげる」
断る間もなく、彼女は私をトイレへと導いていく。その完璧に作り慣れた笑顔は少しも崩れない。高橋千尋と葉山美奈が、くすくすと笑いながら後についてきた。
私たちの背後で、トイレのドアが閉まる。
「あのさ、あんたに親切なふりするの、もう疲れたんだよね」
黒井唄の甘い仮面は、一瞬にして剥がれ落ちた。彼女が私を洗面台に追い詰めると、心臓が激しく鳴り始める。蛍光灯が彼女の顔に険しい影を落としていた。
こんなの嘘だ。こんなこと、あるはずがない。
「黒井唄、私、何もしてない――」
「あんたが存在することよ」
彼女は私の言葉を遮った。
「毎日毎日、その哀れな古着を着て学校に来て。私たちと同じ学校にいるのが当たり前みたいな顔して」
冷たい陶器が背中に押し付けられる。彼女がさらに近づくと、高価なシルクのスカーフが光を弾いた。
「頭が良くて先生に好かれてるからって、それで私たちと対等だとでも思ってるの?」
彼女の笑い声には苦々しさが混じっていた。
「あんたは貧乏人なのよ、夏川雫。あんたと、あんたの哀れなウェイトレスの母親。ここはあんたのいる場所じゃないし、私たちと同じ空気を吸う資格なんて万々ないの」
お母さんのことを言ってる。お母さんのことを、まるで価値のないものみたいに。
私が反応するより早く、彼女は自分のスカーフを掴んで私の首に巻きつけ、きつく引いた。シルクの滑らかな感触は一瞬で、すぐに息苦しい圧迫感に変わった。
「やめて」
私は喘ぎ、布地を掻きむしった。
「お願い――」
「自分の立場を忘れるとこうなるのよ」
彼女は歯の間から吐き捨てた。
彼女がさらに力を込めると、スカーフの金属製の留め金が喉に食い込み、肌を削った。鋭く焼けるような痛みが走る。視界に黒い点がちらつき始めた。
気を失う、と思った瞬間、彼女は力を緩めた。私は洗面台に崩れ落ち、ぜえぜえと息をしながら首に触れる。そこには、温かくべたつく何かが広がっていた。
血。
黒井唄は、何事もなかったかのようにスカーフを整えた。
「あら」
彼女はわずかに付着した赤い染みを、少し不快そうに眺めて言った。
「高かったのに」
「このこと、誰かに言ったら」
彼女は鏡で自分の姿を確認しながら続けた。
「あんたの人生、もっとぐちゃぐちゃにしてあげるから。私の言うことと、あんたみたいな底辺の人間の言うこと、どっちを信じるかなんて分かりきってるでしょ」
彼女たちは、血を流し震えている私をそこに残して去っていった。
帰り道が、果てしなく長く感じられた。保健室の先生には、ロッカーの扉で引っ掻いたと嘘をついて、小さな絆創膏をもらった。黒井唄の言葉が頭の中でこだまする――『あんたの言うことなんて、誰も信じない』。
私たちのアパートは、R市ビルホパークのいちばん端にあった。白いサイディングは風雨に晒されてくすんでいる。母さんの使い古された車は、もうそこにあった。
「雫ちゃん?」
母さんがキッチンから出てきた。ウェイトレスの制服はしわくちゃで、シミがついている。黒い髪は無造作に後ろでまとめられ、緑色の目の下の隈は週を追うごとに濃くなっているように見えた。
母さんは私を一目見るなり、顔をくしゃりと歪めた。
「あらまあ、首、どうしたの?」
「なんでもないよ、お母さん。学校でちょっとした事故」
でも、彼女はもう私の方へ歩み寄り、優しく顎を持ち上げた。引っ掻き傷を見ると、彼女の目に涙がみるみるうちに溜まっていく。
「これは事故じゃないわ、雫。誰かにやられたのね」
恐怖と屈辱が一気に蘇り、突然、私は泣き出してしまった――何時間も我慢していた、しゃくりあげるような醜い嗚咽だった。
「ごめんね、お母さん」
母さんが私を腕の中に引き寄せる中、私は囁いた。
「いいのよ、雫ちゃん、いいの」
彼女の声は震えていた。
「もっとあなたを守ってあげなきゃいけないのに、でも私……私にはどうすればいいのか分からないの」
本当は言いたくなかった。自分で何とかしたかったし、母さんにこれ以上心配事を増やしたくなかった。彼女はすでにダイナーで二つの仕事をこなし、手にコーヒーの火傷を負って帰ってきては、私たちをなんとか浮かばせておくためだけにチップを数えているのだから。
でも、私のために泣く彼女を見て、私が傷つくと彼女がどれほど傷つくかを知って――もう、平気なふりはできなかった。黒井唄は私たちのことをゴミだと言ったけれど、私の母さんは、私が知る中でいちばん強い人だ。
彼女は私をさらに強く抱きしめた。全身が震えている。私よりも激しく泣いていた。
「お母さん、聞いて」
私は彼女の顔を見るために身を引き、涙を拭った。
「お母さんのせいじゃない。これは全部、お母さんのせいじゃないよ」
彼女の疲れた目が、必死に私の目を探る。
「あなたに必要なものを与えようと、一生懸命やってるんだけど、お金がいつも足りなくて」
「ずっと一人でこれをやってきて……私だけじゃ、もう十分じゃないのかもしれない……」
彼女の声は完全に途切れた。
母さんは、父さんが家を出て行ったことを直接責めたことは一度もなかったけれど、彼女がどんな思いをしてきたかは分かっていた。父さんは私が二歳の時に出て行き、未払いの請求書と、どうやって一人で子供を育てればいいのか見当もつかない二十歳の女性だけを残していったのだ。
「お母さんはやり遂げたよ」
私は彼女の手を握り、きっぱりと言った。
「私たちを繋ぎとめてくれた。それが全てだよ、お母さん」
カーテン越しに午後の陽光が差し込む、小さなリビングで私たちは立っていた。外では、隣人が子供たちを夕食に呼ぶ声が聞こえる。
母さんは身を引き、私の頬に触れた。
「お腹すいた?ダイナーから残りのパンを持ってきたわよ」
「うん」
私はなんとか小さな笑みを浮かべて言った。
「それ、最高だね」
彼女がキッチンに向かい、物事を普通に見せようとする時にいつもするように、静かに鼻歌を歌い始めた時、私はもう一度、首の絆創膏に触れた。
準備ができていようがいまいが、明日はやってくる。黒井唄は、相変わらず完璧な服と残酷な笑みを浮かべてそこにいるだろう。
でも今夜は、パンと母さんの愛がある。
翌朝、私は昨日のことが何かの悪夢だったのだと、自分に言い聞かせそうになった。もしかしたら、黒井唄は何もなかったかのように振る舞うかもしれない。もしかしたら、元通りになるかもしれない。
私がどれほど間違っていたことか。
最初に気づいたのは匂いだった――何かが腐ったようなひどい悪臭が、私のロッカーから漂ってくる。近くにいた生徒たちはすでに後ずさりし、鼻を覆って指を差していた。
「うわ、何これ?」
誰かが吐き気を催したように言った。
