第2章
だが、次の瞬間、その手は再び強く握り締められ、私の手首をがっちりと掴んだ。佐藤燃の顔に、私には読み取れない葛藤の色がよぎる。そして彼は歯を食いしばり、ありったけの力で私を上へと引き上げた。
「助けて! 誰か飛び降りようとしてる! 誰か!」
突如、周囲から甲高い叫び声が響いた。
私たちの揉み合いが人目につき、野次馬が集まり始める。携帯で通報する者、助けようと近寄ってくる者もいる。
佐藤燃はハッと我に返り、再び私の手首を強く握り締めた。
その力は手首が痛むほど強かったが、彼の瞳に宿る複雑な感情が見て取れた。
苦痛、躊躇い、そして何か深い悔恨が入り混じっている。
「手を……離すな」
風の音にほとんどかき消されそうなほど低い声で、彼は言った。
私は、彼が危うく離しかけた自分の手を見つめる、その複雑で苦しげな眼差しを見た。
その瞬間、七年前にゴミ捨て場で私が見つけた、あの小さな男の子の姿が重なった気がした。
すぐに、通行人と駆けつけた警官が協力して、私たちはフェンスの内側へと引き上げられた。
私は数人の警官に囲まれ、佐藤燃は傍らで、普段と違って押し黙っていた。
いつものようにすぐに上野家へ電話するでもなく、私に皮肉を言うでもない。
彼はただそこに立ち、自分の手のひらを見つめていた。
警官が周囲の目撃者に事情聴取している混乱に乗じて、私は再びガードレールへと突進した。今度こそ、成功させなければ。もう一秒たりとも、この世界に留まりたくない。
「やめろ!」
佐藤燃が野次馬をかき分け、衆人環視の中で再び私の手首を掴んだ。
「離して!」
私はヒステリックに近い声で叫びながら、もがいた。
「高田さんの件がまだ片付いていない。あんたは最有力容疑者として、俺が見張る義務がある」
彼は大声でそう言った。
だが、彼の目元が赤くなっていること、そして私から目を逸らし、直視しようとしないことに気づいた。
どうして? どうしてそんな表情を? 七年の時を経て、彼はもう私に依存していたあの小さな男の子ではない。今の彼は佐藤家の跡取りで、高田桜の信奉者で、私の敵だ。
私たちは警官に連行され、その道中、佐藤燃は一度も私の手首を離さなかった。彼の掌は熱く、湿っていた。まるでずっと昔、初めて彼の手を引いて下町の雑踏を歩いた時のように。
あの頃の記憶が、不意に鮮明に脳裏に蘇る。
あれは寒い冬の夜だった。学校からの帰り道、ゴミ捨て場から微かな嗚咽が聞こえてきた。
ゴミ袋をかき分けると、中にうずくまっている佐藤燃を見つけた。
その時はまだ、彼の名前も知らなかった。
「大丈夫?」
私が手を差し伸べると、彼は怯えた小動物のように身を引いた。
「怖がらないで。何もしないから」
私は制服の上着を脱いで彼にかけ
「私の名前は森川楓。君は?」
彼は答えず、ただ警戒心に満ちた目で私を見つめていた。彼の服が古びてはいるもののブランド品であること、指に縄で縛られたような跡があることに気づいた。
「痛む?」
私が尋ねる。
彼は小さく頷き、また涙が溢れ出た。
私は彼を、自分の粗末なアパートに連れ帰った。風呂に入れ、政府の補助金で買った新しい服に着替えさせた。
その夜、彼は初めて口を開いた。
「どうして、助けてくれたの?」
「私も孤児だから」
私は簡潔に答えた。
その日から、私たちの二人暮らしが始まった。私は居酒屋で皿洗いをし、放課後はコンビニでアルバイトを掛け持ちして、政府からの孤児補助金で二人の生活を支えた。佐藤燃は次第に新しい環境に慣れ、学校に通い始め、家事を手伝ってくれるようにさえなった。
ある日、彼は唐突に私に言った。
「あんたは、唯一の本当に善良な人間だ」
その瞬間、私はこれまでにない温もりと責任感を感じた。
彼が十四歳になった年、佐藤家の人々が彼を見つけ出すまでは。彼は敵対者に誘拐された後、捨てられた佐藤家の跡取り息子だったのだ。彼が引き取られる日、私たちは連絡を取り合う約束をしたが、彼はすぐに財閥の世界へと消えていった。
「一体、何を考えている?」
佐藤燃の声が、私を現実に引き戻した。
私たちは警察署の前に立っていた。
「家に帰るの」
私は静かに言った。
「私の、本当の家に」
佐藤燃は長い間私を見つめ、私の決意を悟ったようだった。
彼の態度は明らかに軟化し、辛抱強く私を諭し始めた。
「君が高田さんにちゃんと謝って、自分の過ちを認めさえすれば、みんなと和解できるはずだ」
彼の説得に私は何の興味も示さず、心の中ではどうやって高田桜を利用して上野一樹を怒らせ、その怒りの中で私を殺してくれるかということばかりを考えていた。
佐藤燃はそのことに気づき、眉をひそめた。
「一体、何を企んでる?」
私は答えず、ただ遠くの灯りを見つめた。この世界に、もはや私が未練を抱くものは何一つない。
ただ家に帰りたい。だが家に帰るには、まず死ななければならない。
警察署の外のベンチに戻り、私は上野一樹という人間について考え始めた。
彼は典型的なヤンデレで一途な当て馬キャラ。財閥の家柄でありながら、幼少期にトラウマを抱えている。
この世界において、高田桜は彼の青春時代における唯一の光であり、救いだった。
日本のビジネス界のエリートとなってもなお、彼は高田桜への想いを断ち切れないでいる。
原作の結末を私ははっきりと覚えている——男女の主人公が結ばれた後、彼は崖から身を投げて自ら命を絶つ。
私の本来の任務は、この結末を変えることだった。
思い返せば、私が攻略者として覚醒したのは高校二年の時。高田桜が私のいる高校に転校してきた後、私は唐突に自分の身分と使命を理解したのだ。
その頃、上野一樹はすでに高田桜に一目惚れしていた。
たった一度、放課後に彼女が雨の中、傘を忘れた子供に傘を差してあげた光景を見ただけで。
彼の愛は、控えめで深い。彼女を喜ばせるためならと、私を受け入れることさえした。
五年間、私の真心が彼を変え、高田桜への執着を捨てさせることができると信じていた。
だが、私は間違っていた。とんでもなく。
高田桜が、私と木野陽介の間に艶めかしい関係があると誤解し、傷心に暮れた後。
上野一樹は高田桜を慰めることができず、私にアプローチをかけてきた。
彼の真の目的は、決して私を愛することではなく、「恋敵」を側に置いて監視することだったのだ。
私は、自分の真心が上野一樹の心を動かし、この表面上は冷たいエリートの男が心を開いてくれたのだと、無邪気に信じていた。
残念ながら、その感情は決して私のために存在するものではなかった。
いわゆる攻略任務は、最初から失敗する運命だったのだ。
なぜならこの物語において、上野一樹というキャラクターは高田桜に狂い、最終的に手に入らないことで自害する役回りなのだから。
私はただ、彼の高田桜への深い愛情を引き立てるための、道具でしかなかった。
私はふと笑った。あまりにも晴れやかな笑いだった。もう失敗したのなら、今の唯一の出口は死しかない。
死ぬことだけが、私を元の世界に帰してくれる。
私の唐突な笑い声に、佐藤燃はぎょっとした。
「お前……大丈夫か?」
「ええ、大丈夫」
私は穏やかに言った。
「ただ、ようやく色々なことが見えただけ」
