第53章 二択一、なぜ選べない?

「選べない、だって?」

桜井結衣は冗談でも聞いたみたいに鼻で笑った。指先で小型カメラを弄びながら身を翻し、圧のある視線を真正面から受け止める。唇の端に、ほとんど見えないほど淡い弧。

「黒崎祁さん。忘れたの? 私、既婚よ。たとえ夫が植物状態でも――私は黒崎家の正真正銘の若奥様」

黒崎理人の黒い瞳が、すっと沈む。

彼がいちばん嫌う単語――結衣の口から出る「夫」。たとえその“夫”が自分自身だとしても。

「生きた死人の番をして、寂しくないのか」

嗤いが落ちる。嘲りは隠す気すらない。

「桜井結衣、白々しい。お前が嫁いできたのは金と地位のためだろ。黒崎理人が半分死んでるなら、何でわざわざ貞...

ログインして続きを読む