第299章

「着いたぞ。降りろ」

耳元で、男の荒っぽい声がした。

篠崎アエミは頭皮がぞわりとして、はっと目を見開く。視界に飛び込んできたのは見知らぬ顔で、反射的に手が出そうになる。

だが男は身をひねって素早くかわした。

「なんだよ。寝ぼけてんのか?」

当たらなかったことで、篠崎アエミの頭も少し冷える。――そうだ。この男は。

「すみません。寝ぼけてました」

「いいっていいって。俺、明日も配達あるから、もう行くわ」

男は少し先を指さした。

「あそこ見えるか? あれが杏木村だ。俺の馬車じゃ中まで入れねぇ。あとは自分で行け」

そう言い終えるより早く、男は御者台に戻り、馬車を走らせていった。

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