第301章

彼はゆっくりと手を伸ばし、彼女の目尻の涙を拭おうとした。

篠崎アエミは顔を背けてそれを躱し、自分で涙をぬぐい取ると、勢いよく相手を押しのけ、乱れた服を整えた。

それから踵を返し、そのまま外へ出ていく。

「……」

宙に取り残された手のまま、彼は彫像のように立ち尽くした。

薄い背中が視界の奥へと消えていくのを見送るうち、心臓を誰かに乱暴に掴まれたように息ができないほど痛む。

ひゅう、と風が吹いて我に返り、彼は慌てて追いかけた。

篠崎アエミはエレベーターに乗らず、階段を下りていく。

榎田神也も同じく階段を駆け下り、数段降りたところで、隅にうずくまる影が目に入った。

篠崎アエミは段...

ログインして続きを読む