第56話

以前の彼女なら、間違いなくベンジャミンに優しく抱きつき、「ベンジャミン、会いたくてたまらなかったわ」と口にしていただろう。

だが今、彼女は微動だにしなかった。

ベンジャミンはすぐ目の前、手を伸ばせば届く距離にいる。ほんの少し身を乗り出すだけで容易に触れられるというのに、それでも彼女は動こうとしなかった。

ベンジャミンは待っていた。彼女が自ら進んで、自分の胸に飛び込んでくるのを。しかし、どれだけ待っても、期待した反応は返ってこない。

彼の目に映るマルティナは、頑なにその場に立ち尽くし、意図的に彼と視線を合わせようとせず、かつてのような深い愛情のかけらも見せなかった。

一方のマルティナは、苦痛...

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